雑記
なんとなく今日も飲み物がらみの話。
私はいつも、Twiningsの5種類のティーバッグがはいったアソートのパックを買っている。紅茶に詳しくもないしこだわりもないが、飲もうと思ったときに気分や場面に合わせて選んだという気になれるとなんか嬉しいからだ。
紅茶に詳しくはないので、茶のちゃんとした入れ方は知らない。ありがたいことにティーバッグの個包装の裏面には、ティーバッグを湯に漬けてから待つべき時間がそれぞれの茶葉に応じて印刷してある。
たとえばついさきほども茶を淹れたとこだが、それは青色の包装のレディグレイというやつで、パッケージの裏には「1.5minutes」と書いてあった。これが紫の包装のダージリンだと2minutesで、ちゃんと葉の種類によって違う。
たいてい他のことをしながら茶を淹れているので、ここに書いてある時間をちゃんと守れないことのほうが多いが、いちおうは毎度キッチンタイマーをセットし、できるだけパッケージの指示に沿うようにと心がけている。
カレールーなんかも、あれこれ小細工を弄するよりもパッケージ裏に記載されている量と手順に従うのがいちばん美味いのだと聞いたことがある。その商品を開発し売っている人びとこそが、その商品の良さを最大限に引き出すやりかたを最も知っているはずだというわけで、これは物作りのプロや技術屋に対する信頼みたいなものだと思う。
そういうわけで私はハウスのバーモントカレーも、S&Bのゴールデンカレーも、それぞれの箱に従って作る。これらの会社はきっと物作りにプライドのある会社だとどこかで信じている。トワイニングスも、きっとそうだろうと信じて、ティーバッグに熱湯注いだらなんとなく袋に書かれた時間を待つ。
こういうのは、いまどき大企業であるメーカーの都合で出された情報に安易に盲従する愚かな消費者なのかもしれないとも思うが、一方で、これはいままで激戦の食品業界で鍛えられてきた物作りのプロに対する信頼なのだと思っている。これらの企業にはきっと、何十年と、安く美味く家庭の味をよくすることを目当てとし、律してきたところがあるはずだと。理念があるはずだと。
けども最近、というかここ十年、二十年の長いスパンで日本の経済が停滞し衰退していっているといわれるなかで、なんとなく自分の中の、大企業の物作りのプライドへの信頼は揺らぎつつあると、ふと思うこともある。
今のところ食べ物ではあんまりそう感じたことはないけど、日常用品、鍋とかトイレットペーパーとか急須とか、そういうモノを買い換えてしばらく使っていると、設計に甘さがあって使いにくかったり、造りが雑で部分的に破損したり、みたいなことがちょいちょいあるような気がしているのだ。
百均の商品なんかはその最たるモノだが、まあ百均てのはもともとそういうもので、安さ手軽さと引き換えに最低限の用途に足りるか足らんかみたいなモノを寄越してくる商売だからしょうがない。しかし、この百均的な安さ至上の感覚が市場を席巻した結果、小売りで買える日用品の全体、値段のなかでもしっかりを保持していた最低限の底が抜け、まあコスト的にこんな感じでいいっしょ、多少の不具合もまあスルーされるっしょ、みたいになってるような、ような。
まあ、なんとなくである。もちろんなんかの資料を確認をしたわけでもないし自分で統計を取ったわけでもない。だからこれはなんとなくのお気持ちだ。
ただ、造作がしっかりキマってて使い勝手の良い、長らく使えるような道具をそこらの小売りでぽんと買えるってことは実際、少なくなったなあと思う。そもそもまず選択肢が百均しかない、みたいなことが増えた。洗濯ネットとか、百均のやつはすぐ壊れるしラインナップがコロコロ変わって、前使ってたちょうど良いサイズのやつとかが手に入らなくなったりするんで好きじゃないんだけど、他の場所にあんまりこういうちょっとしたものって、売ってなくなっちゃったので、しょうがなく百均のものを買ってはすぐ壊して買い換えている。
そう。
ボーイングが作る飛行機がズタボロらしいって話を聞いていると、なんだろうなあ、ものづくりとは……みたいな気になる。飛行機という、絶対的な安全と信頼を求められる製品の業界ですらこういうことになるのだから、日用品の製造現場なんてもうとっくにズタボロなんだろう。
それでもなお、私は、食べ物のメーカーが市場に送り出してくる商品を、そこに書いてある最善手を、信じることにしている。まだそこに、ギリギリなのかもしれないが、なにがしかのプライドが、倫理観が、理念が、そういう金にならないコスパの悪いやっかいものが、生き残って顔を覗かせているような気がしている。それが正しいんだか、得なんだかはよくわからない。多分間違っているし、はき違えているんだろうという気持ちもあるが、せっかく、どこかで誰かが、わざわざ1.5minutesと、パッケージに書き置いてくれたのだから、その言葉を受け取りたいなあという気持ちがどうにも捨てられない。
追記:
なんかいい話っぽくまとめたし、正義面が匂ってきそうなので自分で補足しておくが、別にものづくりにプライドとか倫理とかがあるべきだということではない。ただ、そういうものがなかった時代の悲惨ないくつもの大事故を超えて、二十世紀後半には、ものというのは使いやすく、安全で、なおかつ安くて手に入れやすい、多数の幸福を満たす大量生産、というのを目指す世界だったような気がしているという話だ。これは企業のものづくり現場の人びとの意識や努力だけでもなく、暮しの手帖のようなかたちで市民の意識が(※2024-03-17 11:25修正。当初、主婦の友と書いてたが単純なミス。ここでは暮しの手帖の商品テスト企画のことを言いたかった。https://www.kurashi-no-techo.co.jp/blog/...)企業の作るモノを問い詰めた、そういう社会の払った手間も含めて成り立った世界だったが、資本主義の発展とグローバリズムの中で、その世界はたぶん変容し、瓦解していっているのかもしれないなあと思う。そしてそれは悪であるとはいえない。善であるともいえないが。ただ人類のものづくりのスタイルが、今までの数千年と同様、着々と変わっていっているということなのだろう。
その変化の隙間隙間で見える、より良くあれ、を望んでしまう、誰かの言葉の断片に、私が執着しているというだけだ。
私はいつも、Twiningsの5種類のティーバッグがはいったアソートのパックを買っている。紅茶に詳しくもないしこだわりもないが、飲もうと思ったときに気分や場面に合わせて選んだという気になれるとなんか嬉しいからだ。
紅茶に詳しくはないので、茶のちゃんとした入れ方は知らない。ありがたいことにティーバッグの個包装の裏面には、ティーバッグを湯に漬けてから待つべき時間がそれぞれの茶葉に応じて印刷してある。
たとえばついさきほども茶を淹れたとこだが、それは青色の包装のレディグレイというやつで、パッケージの裏には「1.5minutes」と書いてあった。これが紫の包装のダージリンだと2minutesで、ちゃんと葉の種類によって違う。
たいてい他のことをしながら茶を淹れているので、ここに書いてある時間をちゃんと守れないことのほうが多いが、いちおうは毎度キッチンタイマーをセットし、できるだけパッケージの指示に沿うようにと心がけている。
カレールーなんかも、あれこれ小細工を弄するよりもパッケージ裏に記載されている量と手順に従うのがいちばん美味いのだと聞いたことがある。その商品を開発し売っている人びとこそが、その商品の良さを最大限に引き出すやりかたを最も知っているはずだというわけで、これは物作りのプロや技術屋に対する信頼みたいなものだと思う。
そういうわけで私はハウスのバーモントカレーも、S&Bのゴールデンカレーも、それぞれの箱に従って作る。これらの会社はきっと物作りにプライドのある会社だとどこかで信じている。トワイニングスも、きっとそうだろうと信じて、ティーバッグに熱湯注いだらなんとなく袋に書かれた時間を待つ。
こういうのは、いまどき大企業であるメーカーの都合で出された情報に安易に盲従する愚かな消費者なのかもしれないとも思うが、一方で、これはいままで激戦の食品業界で鍛えられてきた物作りのプロに対する信頼なのだと思っている。これらの企業にはきっと、何十年と、安く美味く家庭の味をよくすることを目当てとし、律してきたところがあるはずだと。理念があるはずだと。
けども最近、というかここ十年、二十年の長いスパンで日本の経済が停滞し衰退していっているといわれるなかで、なんとなく自分の中の、大企業の物作りのプライドへの信頼は揺らぎつつあると、ふと思うこともある。
今のところ食べ物ではあんまりそう感じたことはないけど、日常用品、鍋とかトイレットペーパーとか急須とか、そういうモノを買い換えてしばらく使っていると、設計に甘さがあって使いにくかったり、造りが雑で部分的に破損したり、みたいなことがちょいちょいあるような気がしているのだ。
百均の商品なんかはその最たるモノだが、まあ百均てのはもともとそういうもので、安さ手軽さと引き換えに最低限の用途に足りるか足らんかみたいなモノを寄越してくる商売だからしょうがない。しかし、この百均的な安さ至上の感覚が市場を席巻した結果、小売りで買える日用品の全体、値段のなかでもしっかりを保持していた最低限の底が抜け、まあコスト的にこんな感じでいいっしょ、多少の不具合もまあスルーされるっしょ、みたいになってるような、ような。
まあ、なんとなくである。もちろんなんかの資料を確認をしたわけでもないし自分で統計を取ったわけでもない。だからこれはなんとなくのお気持ちだ。
ただ、造作がしっかりキマってて使い勝手の良い、長らく使えるような道具をそこらの小売りでぽんと買えるってことは実際、少なくなったなあと思う。そもそもまず選択肢が百均しかない、みたいなことが増えた。洗濯ネットとか、百均のやつはすぐ壊れるしラインナップがコロコロ変わって、前使ってたちょうど良いサイズのやつとかが手に入らなくなったりするんで好きじゃないんだけど、他の場所にあんまりこういうちょっとしたものって、売ってなくなっちゃったので、しょうがなく百均のものを買ってはすぐ壊して買い換えている。
そう。
ボーイングが作る飛行機がズタボロらしいって話を聞いていると、なんだろうなあ、ものづくりとは……みたいな気になる。飛行機という、絶対的な安全と信頼を求められる製品の業界ですらこういうことになるのだから、日用品の製造現場なんてもうとっくにズタボロなんだろう。
それでもなお、私は、食べ物のメーカーが市場に送り出してくる商品を、そこに書いてある最善手を、信じることにしている。まだそこに、ギリギリなのかもしれないが、なにがしかのプライドが、倫理観が、理念が、そういう金にならないコスパの悪いやっかいものが、生き残って顔を覗かせているような気がしている。それが正しいんだか、得なんだかはよくわからない。多分間違っているし、はき違えているんだろうという気持ちもあるが、せっかく、どこかで誰かが、わざわざ1.5minutesと、パッケージに書き置いてくれたのだから、その言葉を受け取りたいなあという気持ちがどうにも捨てられない。
追記:
なんかいい話っぽくまとめたし、正義面が匂ってきそうなので自分で補足しておくが、別にものづくりにプライドとか倫理とかがあるべきだということではない。ただ、そういうものがなかった時代の悲惨ないくつもの大事故を超えて、二十世紀後半には、ものというのは使いやすく、安全で、なおかつ安くて手に入れやすい、多数の幸福を満たす大量生産、というのを目指す世界だったような気がしているという話だ。これは企業のものづくり現場の人びとの意識や努力だけでもなく、暮しの手帖のようなかたちで市民の意識が(※2024-03-17 11:25修正。当初、主婦の友と書いてたが単純なミス。ここでは暮しの手帖の商品テスト企画のことを言いたかった。https://www.kurashi-no-techo.co.jp/blog/...)企業の作るモノを問い詰めた、そういう社会の払った手間も含めて成り立った世界だったが、資本主義の発展とグローバリズムの中で、その世界はたぶん変容し、瓦解していっているのかもしれないなあと思う。そしてそれは悪であるとはいえない。善であるともいえないが。ただ人類のものづくりのスタイルが、今までの数千年と同様、着々と変わっていっているということなのだろう。
その変化の隙間隙間で見える、より良くあれ、を望んでしまう、誰かの言葉の断片に、私が執着しているというだけだ。
仕事の繁忙極大期には日々呻くようにカラオケに行きたいと言っていたのだが、繁忙が過ぎるとそうでもなくなった。
何時間も作業するとわかってるときはBGMかけてることが多くて、いろいろ歌いたいなあの気持ちが高まっていたというのもあるが、なにより、とにかく仕事の作業とはかけはなれたことをしたい、という気持ちだったのだろう。
まあカラオケは行きたいんだけど、とりあえず今は、家でオタ趣味の絵の色塗りを存分に取り組めてることになかなか満たされている。無駄に時間かけてるなと思うけど、締切も他の作業との並行も工程組みも考えずに黙々とペンを動かしていればいいことは、深く癒やしと楽しみがあるわね(仕事には仕事のやりがいもあるけどもさ、やっぱ好きに推しの絵とか文書いてるときの満足感たらね)
何時間も作業するとわかってるときはBGMかけてることが多くて、いろいろ歌いたいなあの気持ちが高まっていたというのもあるが、なにより、とにかく仕事の作業とはかけはなれたことをしたい、という気持ちだったのだろう。
まあカラオケは行きたいんだけど、とりあえず今は、家でオタ趣味の絵の色塗りを存分に取り組めてることになかなか満たされている。無駄に時間かけてるなと思うけど、締切も他の作業との並行も工程組みも考えずに黙々とペンを動かしていればいいことは、深く癒やしと楽しみがあるわね(仕事には仕事のやりがいもあるけどもさ、やっぱ好きに推しの絵とか文書いてるときの満足感たらね)
土日、そして今日も、色塗りをしている。
冬コミで出した『四方の風』の頭に、人物紹介の絵を入れてたんだけど、これに色をつけたいのだ。
しかし、ペン画が本当に気に食わなすぎて、やっぱ鉛筆で主線弾き直そうというわけで、主線トレースから作業が始まっている。これがまた全然進まない。実は1月初めくらいに手をつけてたんだけど、そのあと主線直しが終わらないまま仕事のほうでデスマーチが始まり、趣味のお絵描きは中途半端な段階でしばらく放置してたのだ。この土日でやっと主線あらあら終わらせたというところ。でも、今日はまだ色のイメージつかむためのラフのさらにラフみたいな色つけしただけで、全然塗りの作業に入れてない。し、ラフに色つけてとっくりみてたら、いやちょっと表情というか目線少し直したいとか、マリアちゃんの身長ちょっと高すぎたし位置も微妙だな少し直したいなとか、主線段階の修正をしたいとこがわらわら出てしまった。
こんなに時間掛けてこの絵に色を塗ることにもはやたいして意味がない気もしてきたけど、これは意地だ。なんかとりあえずこの絵に色着けた状態を見たい。見たかったら自分で塗る以外にない。とりあえずがんばってみる。途中で心折れて諦めるかもしれんけど、できるだけ折れないようにがんばる。
冬コミで出した『四方の風』の頭に、人物紹介の絵を入れてたんだけど、これに色をつけたいのだ。
しかし、ペン画が本当に気に食わなすぎて、やっぱ鉛筆で主線弾き直そうというわけで、主線トレースから作業が始まっている。これがまた全然進まない。実は1月初めくらいに手をつけてたんだけど、そのあと主線直しが終わらないまま仕事のほうでデスマーチが始まり、趣味のお絵描きは中途半端な段階でしばらく放置してたのだ。この土日でやっと主線あらあら終わらせたというところ。でも、今日はまだ色のイメージつかむためのラフのさらにラフみたいな色つけしただけで、全然塗りの作業に入れてない。し、ラフに色つけてとっくりみてたら、いやちょっと表情というか目線少し直したいとか、マリアちゃんの身長ちょっと高すぎたし位置も微妙だな少し直したいなとか、主線段階の修正をしたいとこがわらわら出てしまった。
こんなに時間掛けてこの絵に色を塗ることにもはやたいして意味がない気もしてきたけど、これは意地だ。なんかとりあえずこの絵に色着けた状態を見たい。見たかったら自分で塗る以外にない。とりあえずがんばってみる。途中で心折れて諦めるかもしれんけど、できるだけ折れないようにがんばる。
ぼぉぁーー! 見られている!
雑記読んでますとコメントくださった方、ありがとうございます!
マジで誰にも読まれてないと思いつつも、誰かに読まれる前提で文章を書こうという気持ちは維持すっぞ!と思ってはいたものの、正直ここのところはだいぶ緩んでおり、めたくそ読みにくい文章を連ねていたところなので、引き締まりました。
とはいえ雑記は、ツイッターの字数だとうるさくなりそうな長さの、そのときどき思いついたなにかをちょっと長めに書き留めとくスペース、として運用してる部分もあり、この先も、あんまり読み手フレンドリーではない、独りよがりなダラダラ駄文を書いていきそうなのですが、できるかぎりどなたか読み手がいらっしゃるかもしれない!ということは意識に置きながら書いていこうと思います。
あ、いやその、しかし読み手を意識といっても、ウケ取りに行くとかなんかおもろい話しないととか、そういうレベルのことではなくですね、他者が読んでも文意を理解できる程度に崩壊してない文章を書く、その最低限のラインは維持しようね、というくらいの意味合いですね、志だいぶ低いですけども……
そういう代物なので、お読みいただいてまことに恐縮の至りなのですが、今後も、もしお暇つぶしにでもなりますようなら、ご随意にご笑覧いただければ幸いです。
雑記読んでますとコメントくださった方、ありがとうございます!
マジで誰にも読まれてないと思いつつも、誰かに読まれる前提で文章を書こうという気持ちは維持すっぞ!と思ってはいたものの、正直ここのところはだいぶ緩んでおり、めたくそ読みにくい文章を連ねていたところなので、引き締まりました。
とはいえ雑記は、ツイッターの字数だとうるさくなりそうな長さの、そのときどき思いついたなにかをちょっと長めに書き留めとくスペース、として運用してる部分もあり、この先も、あんまり読み手フレンドリーではない、独りよがりなダラダラ駄文を書いていきそうなのですが、できるかぎりどなたか読み手がいらっしゃるかもしれない!ということは意識に置きながら書いていこうと思います。
あ、いやその、しかし読み手を意識といっても、ウケ取りに行くとかなんかおもろい話しないととか、そういうレベルのことではなくですね、他者が読んでも文意を理解できる程度に崩壊してない文章を書く、その最低限のラインは維持しようね、というくらいの意味合いですね、志だいぶ低いですけども……
そういう代物なので、お読みいただいてまことに恐縮の至りなのですが、今後も、もしお暇つぶしにでもなりますようなら、ご随意にご笑覧いただければ幸いです。
仕事、ひとだんらく!!
やったーー!! 今年ものりきったーー!!
いやまだ完了ではないんだけど、自分の責任でやる作業範囲はだいたい終わったので。
今年は前年や前々年にくらべるとだいぶ楽だったが、それでも2月後半からの2週間はずーーーっとこの作業やってないと終わらなかった。いろいろ事情があり持ち帰りで作業してたので、家でもずっと仕事してる状態。そして結局、締め切りギリギリまであくせくするっていう。
まあでもとにかく無事に次工程に送り出せたからね、私はがんばった。えらい。
昨日は安心してよく寝た。そして今日は、仕事をしないでも良く、家で好きなだけ好きなことをしてて良い休日だ。ああ、なんて開放感。
やったーー!! 今年ものりきったーー!!
いやまだ完了ではないんだけど、自分の責任でやる作業範囲はだいたい終わったので。
今年は前年や前々年にくらべるとだいぶ楽だったが、それでも2月後半からの2週間はずーーーっとこの作業やってないと終わらなかった。いろいろ事情があり持ち帰りで作業してたので、家でもずっと仕事してる状態。そして結局、締め切りギリギリまであくせくするっていう。
まあでもとにかく無事に次工程に送り出せたからね、私はがんばった。えらい。
昨日は安心してよく寝た。そして今日は、仕事をしないでも良く、家で好きなだけ好きなことをしてて良い休日だ。ああ、なんて開放感。
よし順調に仕事が切羽つまってるぞ!
こういうときこそ、ふと思いついたことをメモしておきたいんだけど、そのうち(つまり仕事が一段落したら)最近追って読んでる好きな漫画とかどっかにメモと感想とおすすめ事項、書いておきたいな。たぶんツイッターで、ちょっと長くなるかなとは思うけど。
ある程度の量だとここに書くのが良さそうだけど、ここ人に読まれないからな。他人におすすめもしたいし、感想というほどまとまってなくても作者さんに読んだよがうっすら伝わるといいなというのもあるから、多分ツイッター。
アンナ・コムネナとブルターニュ花嫁異聞と騎士譚と騎士王の食卓は絶対に入る。欧州中世まみれすぎるけど。あとこう、なろう系というかネット漫画系でいくつか……悪役令嬢転生おじさんをちゃんと推し書いときたいかな。あと真面目系天然令嬢もめちゃくちゃ推したい。絵も話もだいぶ好き。あと死に戻り令嬢の仮初め結婚コミカライズとか悪し妻語りとか、なんかこう好きなやつ。
悪し妻は、めちゃくちゃすごい作品だから読んで!みたいなノリではないんだけど、絵と雰囲気がとにかく好みの味わいで、知ってほしいなあ、と。しかし、どうも長期休載に入っちゃったらしいんだよなあ。そもそも作品自体、ハーレクインだし和風だしストーリーもジャンルによくある感じっちゃよくある感じだしで、ぶっちゃけ一般ウケするキャッチーさやマニアックウケするぶっとんだところや尖ったところもなく、人に薦めにくいのは正直ある。でも落ち着き感がすごく良いんだよね。ジャンルの他作品だと多分あまりない(このジャンルの作品あまり読まないから感覚で物言ってるけど)しんと空気感のある絵のたたずまいがまあとにかくなんか好みで、この作品のここんとこ無性に好きなんだよなあ、を言語化しておく意味が(私にとっては)ある作品な気がする。
絵が好きといえば、ツイッターに最終巻の感想だけ書いた北欧貴族と猛禽妻コミカライズも、作品の物語全体もすきだけどなんといっても絵を推したい漫画。あと居酒屋のぶは、原作小説もコミカライズ両方も、ここ好き好き!ってのをまとめて書きたいなと思っている。他になろう系だと魔道具師ダリアのコミカライズもけっこう面白いなあと思ってて、新刊出たらすかさず読んでる。
もうちょっとメジャーというか、ジャンル外にも妙に知名度ありそうなあたりだとヘテロゲニアリンギスティコも(そもそもヘテロゲニアリンギスティコのジャンルってなんだ)。ああ、あと、今更ながらダンジョン飯を、完結したことでますますオススメしたい。
異種族レビュアーズはどうしようw 感想というか、五竜亭やクロちゃんのRPG千夜一夜とかの思い出なんかを合わせて、こういうとこ良きよねえを書いておきたいけど……しかし私もソードワールドリプレイとクロちゃんとかは読んではいたけど、TRPG遊んでる人ではないからなあ。中高生頃、TRPG遊べる仲間がいないままリプレイやルールブックだけ読み物として摂取してて、結局そのあともTRPG遊ぶ機会がないまま生きている。今、クトゥルフ周りとプレイ動画配信のおかげでTRPGがわりとメジャー趣味として楽しまれる環境になってきてるらしいんだけど、動画は全般に不得意のため配信見る元気はなく、しかも今人気のホラー系や人狼とかはそこまで積極的に好むジャンルじゃないので全然内容を把握してなくて、TRPGについて、って感じでは書きづらいんだよね。
それにしてもここまでラインナップ見てても思うけど、ハイファンタジーに魂が引きこもりすぎているな。あとすでに推したい作品量が多すぎでは(ほんとにこんだけツイッターに書くの? どーしよ)
追記:速水螺旋人作品も推したいわねえ、大砲とスタンプもだけど、男爵も捨てがたい。大砲とスタンプも物語の締め方すごく良かったけど、男爵の締め方がほんともう好き!好っき!!でしょうがない。あと、ゆうきまさみ作品、今連載中の新九郎奔るも面白いけど、この3月からドラマ始まるらしい白暮のクロニクルをちょっと書きたいかも。悪に対する決着のつけかた、それがすごく、ずっと響いているので……でもネタバレになっちゃうからな(とあるドメジャー作品と比較したいんだけどどっちものネタバレになる)。
こういうときこそ、ふと思いついたことをメモしておきたいんだけど、そのうち(つまり仕事が一段落したら)最近追って読んでる好きな漫画とかどっかにメモと感想とおすすめ事項、書いておきたいな。たぶんツイッターで、ちょっと長くなるかなとは思うけど。
ある程度の量だとここに書くのが良さそうだけど、ここ人に読まれないからな。他人におすすめもしたいし、感想というほどまとまってなくても作者さんに読んだよがうっすら伝わるといいなというのもあるから、多分ツイッター。
アンナ・コムネナとブルターニュ花嫁異聞と騎士譚と騎士王の食卓は絶対に入る。欧州中世まみれすぎるけど。あとこう、なろう系というかネット漫画系でいくつか……悪役令嬢転生おじさんをちゃんと推し書いときたいかな。あと真面目系天然令嬢もめちゃくちゃ推したい。絵も話もだいぶ好き。あと死に戻り令嬢の仮初め結婚コミカライズとか悪し妻語りとか、なんかこう好きなやつ。
悪し妻は、めちゃくちゃすごい作品だから読んで!みたいなノリではないんだけど、絵と雰囲気がとにかく好みの味わいで、知ってほしいなあ、と。しかし、どうも長期休載に入っちゃったらしいんだよなあ。そもそも作品自体、ハーレクインだし和風だしストーリーもジャンルによくある感じっちゃよくある感じだしで、ぶっちゃけ一般ウケするキャッチーさやマニアックウケするぶっとんだところや尖ったところもなく、人に薦めにくいのは正直ある。でも落ち着き感がすごく良いんだよね。ジャンルの他作品だと多分あまりない(このジャンルの作品あまり読まないから感覚で物言ってるけど)しんと空気感のある絵のたたずまいがまあとにかくなんか好みで、この作品のここんとこ無性に好きなんだよなあ、を言語化しておく意味が(私にとっては)ある作品な気がする。
絵が好きといえば、ツイッターに最終巻の感想だけ書いた北欧貴族と猛禽妻コミカライズも、作品の物語全体もすきだけどなんといっても絵を推したい漫画。あと居酒屋のぶは、原作小説もコミカライズ両方も、ここ好き好き!ってのをまとめて書きたいなと思っている。他になろう系だと魔道具師ダリアのコミカライズもけっこう面白いなあと思ってて、新刊出たらすかさず読んでる。
もうちょっとメジャーというか、ジャンル外にも妙に知名度ありそうなあたりだとヘテロゲニアリンギスティコも(そもそもヘテロゲニアリンギスティコのジャンルってなんだ)。ああ、あと、今更ながらダンジョン飯を、完結したことでますますオススメしたい。
異種族レビュアーズはどうしようw 感想というか、五竜亭やクロちゃんのRPG千夜一夜とかの思い出なんかを合わせて、こういうとこ良きよねえを書いておきたいけど……しかし私もソードワールドリプレイとクロちゃんとかは読んではいたけど、TRPG遊んでる人ではないからなあ。中高生頃、TRPG遊べる仲間がいないままリプレイやルールブックだけ読み物として摂取してて、結局そのあともTRPG遊ぶ機会がないまま生きている。今、クトゥルフ周りとプレイ動画配信のおかげでTRPGがわりとメジャー趣味として楽しまれる環境になってきてるらしいんだけど、動画は全般に不得意のため配信見る元気はなく、しかも今人気のホラー系や人狼とかはそこまで積極的に好むジャンルじゃないので全然内容を把握してなくて、TRPGについて、って感じでは書きづらいんだよね。
それにしてもここまでラインナップ見てても思うけど、ハイファンタジーに魂が引きこもりすぎているな。あとすでに推したい作品量が多すぎでは(ほんとにこんだけツイッターに書くの? どーしよ)
追記:速水螺旋人作品も推したいわねえ、大砲とスタンプもだけど、男爵も捨てがたい。大砲とスタンプも物語の締め方すごく良かったけど、男爵の締め方がほんともう好き!好っき!!でしょうがない。あと、ゆうきまさみ作品、今連載中の新九郎奔るも面白いけど、この3月からドラマ始まるらしい白暮のクロニクルをちょっと書きたいかも。悪に対する決着のつけかた、それがすごく、ずっと響いているので……でもネタバレになっちゃうからな(とあるドメジャー作品と比較したいんだけどどっちものネタバレになる)。
家で作業してると、なんだか妙に集中が切れる。
作業BGMがちょっとエモみがあるとつい聴き込んで、なんか感極まると言うか、切なさで動揺する。なんでもかんでも過ぎてなくなってしまう、そんな無常への悲しさが湧く。
なんだこれ、と思ってたけど、なんとなくこのしんどさにはぼんやりと覚えがある。あれだ、年度末進行と猫の看取りが重なってたので、この時期になると体がそれ思い出してるな、と気づく。
一昨年か。
そのときの具体的なしんどさはほとんど思い出せず、たいして辛かったという記憶もないが、同じ時期に似たシチュエーションで机に向かってるときだけ、確かにまあまあ(あくまで自分比較でだけど)心身ともにいっぱいいっぱいだったのかなと肌感覚で思い出す。
2年前、締切までに間に合わせて仕事を仕上げなきゃというので、猫の寝床を背にしながら、背中にうっすら弱り行く猫の気配を気にしながら、徹夜でパソコンに向かい続けていた。張り詰めていていっそ淡々としてた日々だった、ような気がする。あまり思い出せないが。
2月、そして3月、同じように締切に焦りながらパソコンに向かってるときだけ、感覚がそっと体に蘇ってくる。いろいろてんやわんやをギリギリ心に詰め込んで抱えていた日々を、頭は覚えていないが背中や手のひらやなんかが覚えている。
猫の看取りについては元々あれこれと後悔がある。最後の一月や二月の話だけでもなく、慢性腎不全がわかった数年前、さらにその前、猫を拾って飼い始めた頃まで遡っての、あれで良かったのかなあ、という問い。生き物を飼うことにはなにがしかの罪悪感がつきまとうだろうということは、猫を飼い始めたときから死ぬまで、ずっと考え続けてきたことだ。生き物を飼って看取った経験のある人なら大小はあれ、そういう気持ちをどこか持っているかも知れない、などと考える。私は人と比べて格別に猫の喪失に苦しんでいるというわけではない。いつかそうなるだろうとはずっと予期しつづけていたのだから。
私は、あの猫を飼うかと腹を括ったとき、こうした一切を確かに考え、確かに了承していた。とはいえ、生き物と暮らした記憶や感情が、頭の中に思い起こされるより、どちらかというと体の内で鳴るようなものとは、あまりわかっていなかったなと思う。
この肌の感覚そのもの、猫が弱り死んでいくあの時間を体が覚えていること自体が、猫と暮らした日々が私の内に沈殿したことの仕上げになっている。その時間は誰にも共有され得ない。しかし私はただ自分にとってのみ、この沈殿を大事なものだと思っているのだ。
作業BGMがちょっとエモみがあるとつい聴き込んで、なんか感極まると言うか、切なさで動揺する。なんでもかんでも過ぎてなくなってしまう、そんな無常への悲しさが湧く。
なんだこれ、と思ってたけど、なんとなくこのしんどさにはぼんやりと覚えがある。あれだ、年度末進行と猫の看取りが重なってたので、この時期になると体がそれ思い出してるな、と気づく。
一昨年か。
そのときの具体的なしんどさはほとんど思い出せず、たいして辛かったという記憶もないが、同じ時期に似たシチュエーションで机に向かってるときだけ、確かにまあまあ(あくまで自分比較でだけど)心身ともにいっぱいいっぱいだったのかなと肌感覚で思い出す。
2年前、締切までに間に合わせて仕事を仕上げなきゃというので、猫の寝床を背にしながら、背中にうっすら弱り行く猫の気配を気にしながら、徹夜でパソコンに向かい続けていた。張り詰めていていっそ淡々としてた日々だった、ような気がする。あまり思い出せないが。
2月、そして3月、同じように締切に焦りながらパソコンに向かってるときだけ、感覚がそっと体に蘇ってくる。いろいろてんやわんやをギリギリ心に詰め込んで抱えていた日々を、頭は覚えていないが背中や手のひらやなんかが覚えている。
猫の看取りについては元々あれこれと後悔がある。最後の一月や二月の話だけでもなく、慢性腎不全がわかった数年前、さらにその前、猫を拾って飼い始めた頃まで遡っての、あれで良かったのかなあ、という問い。生き物を飼うことにはなにがしかの罪悪感がつきまとうだろうということは、猫を飼い始めたときから死ぬまで、ずっと考え続けてきたことだ。生き物を飼って看取った経験のある人なら大小はあれ、そういう気持ちをどこか持っているかも知れない、などと考える。私は人と比べて格別に猫の喪失に苦しんでいるというわけではない。いつかそうなるだろうとはずっと予期しつづけていたのだから。
私は、あの猫を飼うかと腹を括ったとき、こうした一切を確かに考え、確かに了承していた。とはいえ、生き物と暮らした記憶や感情が、頭の中に思い起こされるより、どちらかというと体の内で鳴るようなものとは、あまりわかっていなかったなと思う。
この肌の感覚そのもの、猫が弱り死んでいくあの時間を体が覚えていること自体が、猫と暮らした日々が私の内に沈殿したことの仕上げになっている。その時間は誰にも共有され得ない。しかし私はただ自分にとってのみ、この沈殿を大事なものだと思っているのだ。
プラニスフェーリオ第二版の増刷が届いた!
冬コミのときに売り切ってしまって、自分の手元になかったので増刷するときに1冊だけじゃなんとなくさみしいなということで、4冊刷ってしまった。
BOOTHに置いておいたところで、これが売れるあてはまーーーったくないんだけど、それでも格好だけでいいから、ネオアトラスの同人誌(物理)が実在するし買えるんだ、という状況を置いときたい、そんな感じ。
それで、BOOTHを更新ついでに前から気になっていた、このサイトトップのメッセージ欄を少し縮小しておいた。
私自身がだらだらと冗長に文章を書く気質なのでこんくらいでいいかと思って据えてたんだけど、いや最大3000字で書き込み欄5行はちょっとサイトトップに置くにしては、なんだ、こう、ボリュームの圧が強いだろとはうすうす感じていたのだ。
といってメッセージ欄をなくしちゃうと、サイト見た人が私に連絡したいときの手段がなくなっちゃう可能性があるので(ツイッターもいつまで運用するやら、ほんと迷ってるんだよね)念のため置いておく。
それにしてもサイト、いろいろ手を入れたいが、3月後半までは手をつけられない。
毎年のことだけど仕事の進捗関係で、やはり2月に入ってから3月半ばまでは家でも持ち帰り作業するペースじゃないと無理げで、今は趣味の活動をあれこれできない。のでいろいろ寝かせておく。ツイッターもちょっと静かになると思う。春までは仕事がんばる……きっと春になったら、土の温度と湿度が上がってイキイキしはじめたミミズみたいにがんばるね。
冬コミのときに売り切ってしまって、自分の手元になかったので増刷するときに1冊だけじゃなんとなくさみしいなということで、4冊刷ってしまった。
BOOTHに置いておいたところで、これが売れるあてはまーーーったくないんだけど、それでも格好だけでいいから、ネオアトラスの同人誌(物理)が実在するし買えるんだ、という状況を置いときたい、そんな感じ。
それで、BOOTHを更新ついでに前から気になっていた、このサイトトップのメッセージ欄を少し縮小しておいた。
私自身がだらだらと冗長に文章を書く気質なのでこんくらいでいいかと思って据えてたんだけど、いや最大3000字で書き込み欄5行はちょっとサイトトップに置くにしては、なんだ、こう、ボリュームの圧が強いだろとはうすうす感じていたのだ。
といってメッセージ欄をなくしちゃうと、サイト見た人が私に連絡したいときの手段がなくなっちゃう可能性があるので(ツイッターもいつまで運用するやら、ほんと迷ってるんだよね)念のため置いておく。
それにしてもサイト、いろいろ手を入れたいが、3月後半までは手をつけられない。
毎年のことだけど仕事の進捗関係で、やはり2月に入ってから3月半ばまでは家でも持ち帰り作業するペースじゃないと無理げで、今は趣味の活動をあれこれできない。のでいろいろ寝かせておく。ツイッターもちょっと静かになると思う。春までは仕事がんばる……きっと春になったら、土の温度と湿度が上がってイキイキしはじめたミミズみたいにがんばるね。
つい先日、ハイキューコラボのクリアファイルほしい!という同僚に付き合って、同僚わやわや4名ほどでココスに行ってきた。
結果、6枚ものクリアファイルがゲットでき、第一期配布の4種類全部揃ったのでめでたかった。もしかして2期目、3期目と付き合わされる可能性が出てきたが、先のことは考えない。
言い出しっぺの者以外の全員、もちろん私も、ハイキューは作品名くらいしか知らないという有り様だったが、久々にがつっと肉を食えたし、おしゃべり楽しかったからナイスイベントだった。
それにしても久々にまとまった肉塊を食べたからかそれはそれで肉への欲が刺激され、なんか塊になった感じの肉を食べたい気持ちがうっすら続いているが、現実として今日の晩飯はセブンのレトルトのナポリタンソースをぶっかけたパスタだった。
おいしく食べたけど、ちょっとだけ、心のどこかに肉を噛み締めたい気持ちが残っている。これを私の脳内方言としてだけ、残心と呼びたい。一般的にそういう意味ではまったくないことはよくわかっている。
結果、6枚ものクリアファイルがゲットでき、第一期配布の4種類全部揃ったのでめでたかった。もしかして2期目、3期目と付き合わされる可能性が出てきたが、先のことは考えない。
言い出しっぺの者以外の全員、もちろん私も、ハイキューは作品名くらいしか知らないという有り様だったが、久々にがつっと肉を食えたし、おしゃべり楽しかったからナイスイベントだった。
それにしても久々にまとまった肉塊を食べたからかそれはそれで肉への欲が刺激され、なんか塊になった感じの肉を食べたい気持ちがうっすら続いているが、現実として今日の晩飯はセブンのレトルトのナポリタンソースをぶっかけたパスタだった。
おいしく食べたけど、ちょっとだけ、心のどこかに肉を噛み締めたい気持ちが残っている。これを私の脳内方言としてだけ、残心と呼びたい。一般的にそういう意味ではまったくないことはよくわかっている。
なんとなく、冬コミで出した個人誌『四方の風』の感想ほしいなあという気持ちがある。とはいえ実際に読んだ方から反応や感想もっとほしいんだよクレクレよ~、という感想への強い飢えではなく、漠然とした、あれは読み物としてどうなんですかね、と顔のない誰かに聞きたいような感覚。
いつもそうだが、私の文章は読み物として読めるものなのか自信がない。私はほとんど小説を読まないし、二次創作しか書いたことがない上にその量も多くない。物語文章のインプットもアウトプットも乏しい以上、私が書くものがだいぶ拙いのは間違いないが、そこを客観的に測れる自信すらない。締切に追われて慌てて書けばますますひどい。
『四方の風』は、あまり書いたことのないタイプの短編を一気に八編、急いで書いてしまったので、これが二次創作としてですら読み物として成立してるのかどうも掴みきれないという感覚がある。
これまでにいただいた感想や反応から判断するに、さすがに文意が汲めないレベルに崩壊しているということはなさそうなのでちょっと安堵はしてるが、ずいぶん急いで書いちゃったからな……と、漠然とした不安と罪悪感のような申し訳なさは消えない。読むのしんどいレベルの悪文だったらほんとごめん……自分ではよくわからないんだ。
それで、有料で、作品読んで添削とかアドバイスとか感想なんかをくれるサービスがあるというので、そんなの使ってみるのはどうか、などとしばし考えていた。
しかし、やっぱりやめにした。
突き詰めれば、たとえ分析的に読むにしてもやはりネオアトラス知ってる人に読んでもらいたい。二次創作は、書き手にはもちろん読み手にとっても、やはり作品やキャラへの愛着とその共有感が中心にあるのであり、文章や物語としての出来不出来は副次的なものだ。
そりゃ読みにくいよりは読みやすい方がいいに決まってるし、研鑽を怠らないのは立派な振る舞いなのだが、私自身については、立派さとかあれこれ要求するとすーぐやる気なくす怠け者なのわかってるので、あまり気張らないことにする。
まあ、あとはぶっちゃけ金が。
今回は『四方の風』全体に眼を通して構成とかも含めた上での、物語としての受け取りやすさ/にくさとか、読み口の良し悪しを尋ねたいんだけど、となるとそれなりに文字数があるので、料金設定安めの人に依頼しても5000円くらいしちゃいそうだった。どうせ同じ金をかけるなら既刊作品の感想ではなく、次に本にまとめるときの校正に金をぶっこむべきだ。
そう、ココナラとかつらつら眺めてて、金払ってぜひお願いしたいな!と思ったのは、感想とか添削・アドバイスよりも、校正のほうだった。もちろんプロット出しから構想練り、添削、校正、フィードバックまで諸々見てくれる人、すなわち編集さんが一人いてくれたらめちゃくちゃありがたいが、趣味の同人誌でそれ全部に金を費やすことはできない。もしひとつだけ選ぶなら絶対に校正だ。自分で書いたものを自分一人だけで校正するのは正直無理だ。どんだけ読んでも見落とすもんね。
もし、次回本を出すことがあれば、校正サービスマジで使ってみたいな。
いつもそうだが、私の文章は読み物として読めるものなのか自信がない。私はほとんど小説を読まないし、二次創作しか書いたことがない上にその量も多くない。物語文章のインプットもアウトプットも乏しい以上、私が書くものがだいぶ拙いのは間違いないが、そこを客観的に測れる自信すらない。締切に追われて慌てて書けばますますひどい。
『四方の風』は、あまり書いたことのないタイプの短編を一気に八編、急いで書いてしまったので、これが二次創作としてですら読み物として成立してるのかどうも掴みきれないという感覚がある。
これまでにいただいた感想や反応から判断するに、さすがに文意が汲めないレベルに崩壊しているということはなさそうなのでちょっと安堵はしてるが、ずいぶん急いで書いちゃったからな……と、漠然とした不安と罪悪感のような申し訳なさは消えない。読むのしんどいレベルの悪文だったらほんとごめん……自分ではよくわからないんだ。
それで、有料で、作品読んで添削とかアドバイスとか感想なんかをくれるサービスがあるというので、そんなの使ってみるのはどうか、などとしばし考えていた。
しかし、やっぱりやめにした。
突き詰めれば、たとえ分析的に読むにしてもやはりネオアトラス知ってる人に読んでもらいたい。二次創作は、書き手にはもちろん読み手にとっても、やはり作品やキャラへの愛着とその共有感が中心にあるのであり、文章や物語としての出来不出来は副次的なものだ。
そりゃ読みにくいよりは読みやすい方がいいに決まってるし、研鑽を怠らないのは立派な振る舞いなのだが、私自身については、立派さとかあれこれ要求するとすーぐやる気なくす怠け者なのわかってるので、あまり気張らないことにする。
まあ、あとはぶっちゃけ金が。
今回は『四方の風』全体に眼を通して構成とかも含めた上での、物語としての受け取りやすさ/にくさとか、読み口の良し悪しを尋ねたいんだけど、となるとそれなりに文字数があるので、料金設定安めの人に依頼しても5000円くらいしちゃいそうだった。どうせ同じ金をかけるなら既刊作品の感想ではなく、次に本にまとめるときの校正に金をぶっこむべきだ。
そう、ココナラとかつらつら眺めてて、金払ってぜひお願いしたいな!と思ったのは、感想とか添削・アドバイスよりも、校正のほうだった。もちろんプロット出しから構想練り、添削、校正、フィードバックまで諸々見てくれる人、すなわち編集さんが一人いてくれたらめちゃくちゃありがたいが、趣味の同人誌でそれ全部に金を費やすことはできない。もしひとつだけ選ぶなら絶対に校正だ。自分で書いたものを自分一人だけで校正するのは正直無理だ。どんだけ読んでも見落とすもんね。
もし、次回本を出すことがあれば、校正サービスマジで使ってみたいな。
大航海時代オンラインでは、港で交易品を売買して儲ける他に、交易品を材料として、縫製だの工芸だの調理だのといったスキルを使って別の交易品に加工したり、装備品や造船素材や消費アイテムを製造できたりする。
例えば、家畜の「ヒツジ」を購入すると、船倉にヒツジのアイコンと数量が表示される。
調理スキルで羊肉を生産するレシピ(アイテムとしてレシピ本がある。原料だけでなくレシピ持ってないと生産はできない)を実行すると、船倉には交易品「羊肉」が新たに増え、生産量に応じて原料の「ヒツジ」の数は減る、という具合だ。
ところで、縫製スキル持ちであれば「ヒツジ」から「羊毛」を得る選択肢もある。縫製スキルで「羊毛」生産のレシピを実行する。すると船倉には「羊毛」が増え、代わりに「ヒツジ」が減り……あれ?
誰もが思うだろう、毛を剥がれた丸裸の羊ちゃんはどこへ消えてしまったのかと。
毛刈りには遭っても肥育された肉体は無事なままであるはずのヒツジから、さらに羊肉も生産できるはずではないかと。
大航海時代オンラインには初心者のチュートリアルとして航海者養成学校というシステムがあった(その後、さらなるアップデートでチュートリアルは別のシステムに代わり、養成学校はなくなってしまった)
クエストを請けるという形で座学&実践のカリキュラムが進む造りなのだが、この座学パートで交易担当の教官が、消える羊の謎を明かしてくれていた。
「毛を刈られたヒツジちゃんは、恥ずかしさのあまり、逃げていなくなっちゃうんです!」
(※航海者養成学校がなくなってしまったので正確なセリフは確かめられないが、記憶ではこんなノリ)
というわけで、大航海時代オンラインの世界では、羊毛を得るとヒツジは消えるルールになっている。ヒツジ1頭から毛も肉も両方ゲット、とはならないさだめである。
ところでネオアトラス1469ではふかふかの毛を持つまんまるのモフモフたちが交易品として出てくる。交易路を設定すると相手港の産物次第で、二次交易品のモフモフ帽やモフモフカーペットやモフモフギターが発生したりする。
モフモフ製品はわりとコスパの良い交易品なので、モフモフ使った交易路はよく設定している。
しかし、同じく生物&発見物でありながら交易品となるドードーの場合、あんまり取引すると絶滅してしまう設定になっている。
史実ではドードーは飛ぶことができず動きも素早くなかったので、人類にとっては捕獲が容易で、食肉として乱獲されたらしい。
ネオアトラス1469では二次加工品としてドードーの羽をあしらったドードー帽が登場しており、食肉となったという話は出てこないのだが、ともあれ交易を続けていればドードーは減っていき、やがて生産されなくなる。彼らは人間に捕まえられたらなんらかの形で生命を奪われ、子孫を残せはしないようだ……
モフモフたちはどうやら北の地で大量に繁殖してるようで、どれだけ取引をしても絶滅はしない。しかし、やっぱり毛を取るために大量に屠殺されたりしてんのかな〜……と暗い想像をしてしまう。そんなわけで毎度うっすら後ろめたい気持ちでモフモフ交易路を設定してたのだが、大航海時代オンラインの世界ルールをネオアトラスにも適用していいのなら、もしかしたら交易品として扱われたモフモフたちは、毛を刈られてしまってるだけかもしれない。あのもっふりとした毛を刈られ、モフモフにあるべきもふもふ感を喪失したことでアイデンティティの危機を感じ、一時的に逃げちゃってるだけなのかもしれない。そう思うことにした。
ところで毛を刈られたモフモフの姿、あまり想像がつかない。どんなんだろ。わりとミステリーだなあ。
例えば、家畜の「ヒツジ」を購入すると、船倉にヒツジのアイコンと数量が表示される。
調理スキルで羊肉を生産するレシピ(アイテムとしてレシピ本がある。原料だけでなくレシピ持ってないと生産はできない)を実行すると、船倉には交易品「羊肉」が新たに増え、生産量に応じて原料の「ヒツジ」の数は減る、という具合だ。
ところで、縫製スキル持ちであれば「ヒツジ」から「羊毛」を得る選択肢もある。縫製スキルで「羊毛」生産のレシピを実行する。すると船倉には「羊毛」が増え、代わりに「ヒツジ」が減り……あれ?
誰もが思うだろう、毛を剥がれた丸裸の羊ちゃんはどこへ消えてしまったのかと。
毛刈りには遭っても肥育された肉体は無事なままであるはずのヒツジから、さらに羊肉も生産できるはずではないかと。
大航海時代オンラインには初心者のチュートリアルとして航海者養成学校というシステムがあった(その後、さらなるアップデートでチュートリアルは別のシステムに代わり、養成学校はなくなってしまった)
クエストを請けるという形で座学&実践のカリキュラムが進む造りなのだが、この座学パートで交易担当の教官が、消える羊の謎を明かしてくれていた。
「毛を刈られたヒツジちゃんは、恥ずかしさのあまり、逃げていなくなっちゃうんです!」
(※航海者養成学校がなくなってしまったので正確なセリフは確かめられないが、記憶ではこんなノリ)
というわけで、大航海時代オンラインの世界では、羊毛を得るとヒツジは消えるルールになっている。ヒツジ1頭から毛も肉も両方ゲット、とはならないさだめである。
ところでネオアトラス1469ではふかふかの毛を持つまんまるのモフモフたちが交易品として出てくる。交易路を設定すると相手港の産物次第で、二次交易品のモフモフ帽やモフモフカーペットやモフモフギターが発生したりする。
モフモフ製品はわりとコスパの良い交易品なので、モフモフ使った交易路はよく設定している。
しかし、同じく生物&発見物でありながら交易品となるドードーの場合、あんまり取引すると絶滅してしまう設定になっている。
史実ではドードーは飛ぶことができず動きも素早くなかったので、人類にとっては捕獲が容易で、食肉として乱獲されたらしい。
ネオアトラス1469では二次加工品としてドードーの羽をあしらったドードー帽が登場しており、食肉となったという話は出てこないのだが、ともあれ交易を続けていればドードーは減っていき、やがて生産されなくなる。彼らは人間に捕まえられたらなんらかの形で生命を奪われ、子孫を残せはしないようだ……
モフモフたちはどうやら北の地で大量に繁殖してるようで、どれだけ取引をしても絶滅はしない。しかし、やっぱり毛を取るために大量に屠殺されたりしてんのかな〜……と暗い想像をしてしまう。そんなわけで毎度うっすら後ろめたい気持ちでモフモフ交易路を設定してたのだが、大航海時代オンラインの世界ルールをネオアトラスにも適用していいのなら、もしかしたら交易品として扱われたモフモフたちは、毛を刈られてしまってるだけかもしれない。あのもっふりとした毛を刈られ、モフモフにあるべきもふもふ感を喪失したことでアイデンティティの危機を感じ、一時的に逃げちゃってるだけなのかもしれない。そう思うことにした。
ところで毛を刈られたモフモフの姿、あまり想像がつかない。どんなんだろ。わりとミステリーだなあ。
今日は仕事帰りに同僚とおしゃべりしてたら、たこ焼きかお好み焼き食べてえって話になり、彼女の車で急遽たこ焼き屋の屋台を探しにドライブした。
私も彼女もあまりマヨネーズや味の濃いソースが好きなほうではないのだが、中身とろとろなたこ焼きは好きだ。近所にたまにたこ焼き屋の屋台が出てるスーパーがあったのだが、ここ最近、そのたこ焼き屋は回ってきてくれない。案の定そのスーパーにたこ焼き屋台はおらず、別でたこ焼き屋台を見かけたことがある、と同僚がちょっと遠方まで車を走らせてくれたが、やはりそこにもたこ焼き屋台は見当たらない。
銀だこが入ってるイオンとかは途中にあったが、我々が求めていたのは銀だこのたこ焼きではない。揚がってない、しなっと湿気でへちょってるやつがいいのだ。
そこで同僚がふいに、そういえば近くに明石焼きのテイクアウトのお店ができてたはず、と思い出した。行ってみたら、ちゃんとお店があったし、開いてた! 我々はとろふわの丸い粉もんに無事にたどり着いたのだ。
というわけで、寒い中のまあまあのドライブで手に入れた明石焼きは実に最適解だった。とろとろでふわふわで優しい味。だし汁も飲める。だし汁ほっかほか。沁みた。
すげー満足しつつ、帰りにちょっと飲み物買おうよ!とコンビニに寄ったとき、駐車場で空を見上げたら、星がよく見えた。雲はいくらかあったが、切れ切れの雲の隙間に冬の星がたくさん瞬いていた。
空のもう高いところにはオリオンの全身が見え、そこから右手側、少しはなれたところのもう少し高くに明るい星が見えた。惑星なんだろうけどなにかな、とまではわからない。あとで調べたら木星だった。明るい眩しい星見ると地味にテンション上がる。
思えば、たこ焼き屋を探して走っている途中、まだ陽が落ちてなかった時間に、太陽はかなり傾いてもうまもなく地平線にかかるだろうという位置なのに、白っぽく明るく、レモン色に空に光線を放っていて眩しかった。その光線から離れた場所は勿忘草の色、明るくよく澄んだ青だった。今日は赤い夕焼けにならないね、などと同僚と話していたのだった。今日の空はかなり空気が澄んでいたんだろう。
私も彼女もあまりマヨネーズや味の濃いソースが好きなほうではないのだが、中身とろとろなたこ焼きは好きだ。近所にたまにたこ焼き屋の屋台が出てるスーパーがあったのだが、ここ最近、そのたこ焼き屋は回ってきてくれない。案の定そのスーパーにたこ焼き屋台はおらず、別でたこ焼き屋台を見かけたことがある、と同僚がちょっと遠方まで車を走らせてくれたが、やはりそこにもたこ焼き屋台は見当たらない。
銀だこが入ってるイオンとかは途中にあったが、我々が求めていたのは銀だこのたこ焼きではない。揚がってない、しなっと湿気でへちょってるやつがいいのだ。
そこで同僚がふいに、そういえば近くに明石焼きのテイクアウトのお店ができてたはず、と思い出した。行ってみたら、ちゃんとお店があったし、開いてた! 我々はとろふわの丸い粉もんに無事にたどり着いたのだ。
というわけで、寒い中のまあまあのドライブで手に入れた明石焼きは実に最適解だった。とろとろでふわふわで優しい味。だし汁も飲める。だし汁ほっかほか。沁みた。
すげー満足しつつ、帰りにちょっと飲み物買おうよ!とコンビニに寄ったとき、駐車場で空を見上げたら、星がよく見えた。雲はいくらかあったが、切れ切れの雲の隙間に冬の星がたくさん瞬いていた。
空のもう高いところにはオリオンの全身が見え、そこから右手側、少しはなれたところのもう少し高くに明るい星が見えた。惑星なんだろうけどなにかな、とまではわからない。あとで調べたら木星だった。明るい眩しい星見ると地味にテンション上がる。
思えば、たこ焼き屋を探して走っている途中、まだ陽が落ちてなかった時間に、太陽はかなり傾いてもうまもなく地平線にかかるだろうという位置なのに、白っぽく明るく、レモン色に空に光線を放っていて眩しかった。その光線から離れた場所は勿忘草の色、明るくよく澄んだ青だった。今日は赤い夕焼けにならないね、などと同僚と話していたのだった。今日の空はかなり空気が澄んでいたんだろう。
なんでネオアトラス"1469"なんだろうとずっとぼんやり気になってて、これだからか、というほどの理由は未だに見つけてないけど、たまたま読んでた本でヴァスコ・ダ・ガマの生まれ年が1469年とされてて、おやなんかすごい見たことある数字ぞ???となった。
そうだったっけと思ってwikipediaさんに尋ねると、1460年生まれと挙げてあるが1469年説もあり、的に書かれていた。
他に1469年というと国王マヌエル1世も誕生している。とはいえマヌエル1世は生まれた時点では王位からは遠かった。当時の国王アフォンソ5世の弟の子、つまり甥であるが、兄弟の中では下の方で、上に兄も多くいたのだ。アフォンソ5世の子で次代の王であったジョアン2世が王太子を若くして失い、またその頃にはマヌエルの兄たちもすでに没していて、王位を継ぐことになった。ヴァスコ・ダ・ガマがアフリカ大陸南端周りでインド到達を成し遂げたのはマヌエル1世の治世のことで、大航海時代初期のポルトガル王国黄金期の王である。
とはいえ、ヴァスコ・ダ・ガマにしろマヌエル1世にしろ、その生まれ年がネオアトラスが1469年からはじまることとはっきりした関連があるとも言えず、なんか他にもあるのかなあ、という気分は抜けない。
調べてて他に出てきたのは、カスティーリャ女王イサベル1世とアラゴン王フェルナンド2世の結婚が1469年だった。結婚によってカスティーリャとアラゴンは統合され、スペイン王国と呼ばれるようになる。大航海時代に海洋に覇を唱えたスペイン王国の発端がそこにある。そしてスペインの君主としてのイサベル1世は、後にコロンブスの西周り航路チャレンジを支援することに……が、イサベル1世とフェルナンド2世の結婚自体が、直接的にネオアトラスの世界にフックするというわけでもない。
要するに、やっぱりよくわからん、なのだが、とにかくこの時期というのは大航海時代のほんとに初っ端だというのは改めて認識した。なにせアフォンソ5世の時代にはヴェルデ到達がやっと。まさに、ネオアトラス開始時にかろうじて雲がかかっていない範囲が現実として当時のヨーロッパ人の認識が届く最大の範囲であり、そこを越えた先は何もわからなかった時代がこの頃なのだ。
そうだったっけと思ってwikipediaさんに尋ねると、1460年生まれと挙げてあるが1469年説もあり、的に書かれていた。
他に1469年というと国王マヌエル1世も誕生している。とはいえマヌエル1世は生まれた時点では王位からは遠かった。当時の国王アフォンソ5世の弟の子、つまり甥であるが、兄弟の中では下の方で、上に兄も多くいたのだ。アフォンソ5世の子で次代の王であったジョアン2世が王太子を若くして失い、またその頃にはマヌエルの兄たちもすでに没していて、王位を継ぐことになった。ヴァスコ・ダ・ガマがアフリカ大陸南端周りでインド到達を成し遂げたのはマヌエル1世の治世のことで、大航海時代初期のポルトガル王国黄金期の王である。
とはいえ、ヴァスコ・ダ・ガマにしろマヌエル1世にしろ、その生まれ年がネオアトラスが1469年からはじまることとはっきりした関連があるとも言えず、なんか他にもあるのかなあ、という気分は抜けない。
調べてて他に出てきたのは、カスティーリャ女王イサベル1世とアラゴン王フェルナンド2世の結婚が1469年だった。結婚によってカスティーリャとアラゴンは統合され、スペイン王国と呼ばれるようになる。大航海時代に海洋に覇を唱えたスペイン王国の発端がそこにある。そしてスペインの君主としてのイサベル1世は、後にコロンブスの西周り航路チャレンジを支援することに……が、イサベル1世とフェルナンド2世の結婚自体が、直接的にネオアトラスの世界にフックするというわけでもない。
要するに、やっぱりよくわからん、なのだが、とにかくこの時期というのは大航海時代のほんとに初っ端だというのは改めて認識した。なにせアフォンソ5世の時代にはヴェルデ到達がやっと。まさに、ネオアトラス開始時にかろうじて雲がかかっていない範囲が現実として当時のヨーロッパ人の認識が届く最大の範囲であり、そこを越えた先は何もわからなかった時代がこの頃なのだ。
で、ブレイバーン見たんだよお、一気に二話も。
いやほんと気持ち悪い地球外ロボが来たな。
1話の前半の真面目部分を除いて、あとずーーーーーーっと、
「なにこのロボ気持ち悪い」
「イサミかわいそう」
「我々はなにを見せられているんだ?」
をぐるぐるしていた。
脚本アホほどキレキレのギャグテンポなので、ずっと笑ってた。
好きなセリフは「さっきからなんなんだこの歌はァァァ!!」と「すまない、産卵中に……」です。
怯える細マッチョ軍人青年(顔も良い)の滋養すごかったな……あんまりないよね、こういう転がされ方する主人公も。しかしほんとイサミかわいそう(と言いながら、かわいそうなイサミ見たさに視聴を続ける意向)。
イサ虐の件だけでなく、今のところ物語全体を通してもほっこりとか安心できる要素がほぼない。あんなに信頼も信用も出来ない、油断ならない正義のロボット初めて見たわ。言動こそ正義の味方してるけど、性根においてイサミ以外の人類も等しく優しく護ろうという理念やフェアネス精神を保持してそうな気が1ミリもしない。
ルイス・スミスも、アメリカン臭さこそすごいが好青年でイサミの唯一の希望っぽいけど、なんか天然というか筋が一本ズレてるしなあ。そこ含めていいキャラだけど。
ていうか2話で初出のエンディングなに? ほんとなに?
あれ3話以降もずっとあれなの??? 本気???
追記
ブレイバーンはイサミ以外の人類を護る気あんまなさそう、とか書いたけど、よく考えたらあのロボ、イサミだけは護りたい感もなかったな。一方的にイサミを乗せることに熱い執着を向けてるだけで、イサミ自身の心身を思いやるようなことはほとんどなにも言っていないし、してもいない。なんなんだあいつ。
(イサ虐、いまのとこギャグとして笑えてるし面白がってるけどスレスレなとこにはあるので、バランスがあとちょっと露悪やえげつないほうに振れたら、私は見れなくはなるなとは。多分大丈夫じゃないかなと思ってはいるが)
あと、イサミのこと細マッチョって書いたけど、普通に屈強な筋肉野郎だしあちこちがっしりだね。私の細マッチョ概念がやや広すぎ。言い訳すると、スミスの筋肉の厚みと量に比べるとイサミはだいぶシュッとして見えたからさ……
いやほんと気持ち悪い地球外ロボが来たな。
1話の前半の真面目部分を除いて、あとずーーーーーーっと、
「なにこのロボ気持ち悪い」
「イサミかわいそう」
「我々はなにを見せられているんだ?」
をぐるぐるしていた。
脚本アホほどキレキレのギャグテンポなので、ずっと笑ってた。
好きなセリフは「さっきからなんなんだこの歌はァァァ!!」と「すまない、産卵中に……」です。
怯える細マッチョ軍人青年(顔も良い)の滋養すごかったな……あんまりないよね、こういう転がされ方する主人公も。しかしほんとイサミかわいそう(と言いながら、かわいそうなイサミ見たさに視聴を続ける意向)。
イサ虐の件だけでなく、今のところ物語全体を通してもほっこりとか安心できる要素がほぼない。あんなに信頼も信用も出来ない、油断ならない正義のロボット初めて見たわ。言動こそ正義の味方してるけど、性根においてイサミ以外の人類も等しく優しく護ろうという理念やフェアネス精神を保持してそうな気が1ミリもしない。
ルイス・スミスも、アメリカン臭さこそすごいが好青年でイサミの唯一の希望っぽいけど、なんか天然というか筋が一本ズレてるしなあ。そこ含めていいキャラだけど。
ていうか2話で初出のエンディングなに? ほんとなに?
あれ3話以降もずっとあれなの??? 本気???
追記
ブレイバーンはイサミ以外の人類を護る気あんまなさそう、とか書いたけど、よく考えたらあのロボ、イサミだけは護りたい感もなかったな。一方的にイサミを乗せることに熱い執着を向けてるだけで、イサミ自身の心身を思いやるようなことはほとんどなにも言っていないし、してもいない。なんなんだあいつ。
(イサ虐、いまのとこギャグとして笑えてるし面白がってるけどスレスレなとこにはあるので、バランスがあとちょっと露悪やえげつないほうに振れたら、私は見れなくはなるなとは。多分大丈夫じゃないかなと思ってはいるが)
あと、イサミのこと細マッチョって書いたけど、普通に屈強な筋肉野郎だしあちこちがっしりだね。私の細マッチョ概念がやや広すぎ。言い訳すると、スミスの筋肉の厚みと量に比べるとイサミはだいぶシュッとして見えたからさ……
今朝、の続き。
最近見てる人気のアニメとか漫画とか長文で感想書いてるやつ。
自覚あるけど、わりと分析的に見てるんだよなあ。面白いしよく出来てるなと思って楽しんでるけど、メタ的なことを考えて見てるってのは、ずっぽりハマってるってのとはやっぱ違うんだよね。
ちょっと前に一気読みしたベルセルクとかもそうだ……いや好きなんだけど、キャラにも思い入れもあるけど、物語読んでるときはそれなりにのめりこんでるけど。それでも、どこかで、これのどこがどう自分に響いてるのかな、世間ではどこが響いてるのかな、などと考える余裕がある。
二次を書くほどのやつってのは、分析はできてないし、多分これからもできない。なんで自分はこれが良いと思って囚われてるのかわからない。でも私はすげー好き。作品全体、そこに描かれた世界まるごとが、どういうわけでか、自分にとって妙に特別なものになってしまっているんだろう。
そういう作品はあまりたくさんはなくて、自分の場合は、それが指輪物語とアースシーシリーズとFF3に限定されてた。そこにネオアトラス1469が追加された。この4つの作品は、前近代的な世界が舞台という共通項はあるけど、自分がその作品それぞれに見ている良さみはそれぞれ、だいぶ違うところにあるとは思う。
それと、二次を書きだすというのはまたなんかちょっといろいろ条件あって、指輪やアースシーは二次書くという感じじゃなかったりする。ただしFF3は二次をちょっと書いてたことがある。多分、もともと小説でがっつりストーリーの鉄筋がある指輪やアースシーシリーズと比べて、ゲームであるFF3やネオアトはもう少し物語の筋が端的だし、ふわらっとしているせいかもしれない。一次作品がゲームだと、その世界についてふんわりテキストやデジタル絵やBGMで総合的に顕されたもの、端的に説明されたストーリーのうちの、明白には語られていない部分を、自分なりに思い描いて、文字でとっくり表現してみる楽しさはある。
そういえば、二次をいちおうは書いてたけど今はそれほどのめりこんでないという作品もいくつかある。シナリオや、絵とか、キャラのエピソードとか、いろいろものすごくぶっ刺さって、一定の期間わーっと二次創作したい欲は湧くんだけど、いくつか話を書いたら満足する。世界と物語自体に囚われるまではいかなかったのだ、おそらく。
例えばマッドマックス怒りのデスロードとかすげーハマってるし今でも好きだし、そういえばモアナとかもすげーハマったし今でも好きなんだけど、MMFRは二次創作は1作だけ書き上げて満足した。何個か書きかけてた二次話もあったけど、完遂まで行く前に創作欲の熱は下がって、ただ視聴する一方での大好き作品の枠に落ち着いた。モアナも、なーんかちょっと話をひとつ書きたいなくらいのとこまで、喉元まで言葉がせりあがってくるみたいな感覚があったんだけど、結局書かないでそのまま、めっちゃ好き、くらいに落ち着いた。
舞台になってる世界に対する思い入れ、なのかなあ。
物語やキャラに気持ちががーっとのめりこんで、めっちゃいろいろ考えて、それで描かれた世界も印象的で……ってなると二次書きたくなるんだけど、それだけではまだ書き出さない。
作品に描かれた世界自体がどうしようもないくらいの自分の内部にのめり込んできて、自分にとってはどこかに世界がまるごと存在し始めるような、世界の存在感や手触りがしっとり重みをもつような、そうなるとなんか、ずーっと残るし、二次を書き始めたりもする、のかな。
よくわからないな。べつに考えるようなことでもないかもしれない。ただちょっと、こう、考えてみると不思議だけど、自分にとっては自明な感覚を、文字でメモしておきたかった。
いずれ、二次創作を書く意欲は落ち着くのかもしれない。でもまあ、まだなんか、こう、まだまだ……推しの良さみを噛みしめたい。ネオアトラス、ああいうゲームだから余白がたいへんいっぱいある。そこに埋もれてありそうな(自分の主観ではもはや確実あるはずくらいに思っている)風景を、自分自身が手に取りたいんだろう。
そして他人が書いた二次創作は、めちゃくちゃ尊い、ありがたい、そしていつでもウェルカム。読みたい! よそ様の愛好するいろんなネオアトラスも、味わいたいよ!
そういえばゲ謎みたいな、爆発的に二次創作が生産されてる人気ジャンルをうっすら横目に見ていると、こ、この量が当たり前なのか……と圧倒される気持ちがあるよ。いいなあ。でも、もしそれほど二次創作がいっぱいあったら、多分自分では二次創作やってないだろうなあ、ってのもあるな。
最近見てる人気のアニメとか漫画とか長文で感想書いてるやつ。
自覚あるけど、わりと分析的に見てるんだよなあ。面白いしよく出来てるなと思って楽しんでるけど、メタ的なことを考えて見てるってのは、ずっぽりハマってるってのとはやっぱ違うんだよね。
ちょっと前に一気読みしたベルセルクとかもそうだ……いや好きなんだけど、キャラにも思い入れもあるけど、物語読んでるときはそれなりにのめりこんでるけど。それでも、どこかで、これのどこがどう自分に響いてるのかな、世間ではどこが響いてるのかな、などと考える余裕がある。
二次を書くほどのやつってのは、分析はできてないし、多分これからもできない。なんで自分はこれが良いと思って囚われてるのかわからない。でも私はすげー好き。作品全体、そこに描かれた世界まるごとが、どういうわけでか、自分にとって妙に特別なものになってしまっているんだろう。
そういう作品はあまりたくさんはなくて、自分の場合は、それが指輪物語とアースシーシリーズとFF3に限定されてた。そこにネオアトラス1469が追加された。この4つの作品は、前近代的な世界が舞台という共通項はあるけど、自分がその作品それぞれに見ている良さみはそれぞれ、だいぶ違うところにあるとは思う。
それと、二次を書きだすというのはまたなんかちょっといろいろ条件あって、指輪やアースシーは二次書くという感じじゃなかったりする。ただしFF3は二次をちょっと書いてたことがある。多分、もともと小説でがっつりストーリーの鉄筋がある指輪やアースシーシリーズと比べて、ゲームであるFF3やネオアトはもう少し物語の筋が端的だし、ふわらっとしているせいかもしれない。一次作品がゲームだと、その世界についてふんわりテキストやデジタル絵やBGMで総合的に顕されたもの、端的に説明されたストーリーのうちの、明白には語られていない部分を、自分なりに思い描いて、文字でとっくり表現してみる楽しさはある。
そういえば、二次をいちおうは書いてたけど今はそれほどのめりこんでないという作品もいくつかある。シナリオや、絵とか、キャラのエピソードとか、いろいろものすごくぶっ刺さって、一定の期間わーっと二次創作したい欲は湧くんだけど、いくつか話を書いたら満足する。世界と物語自体に囚われるまではいかなかったのだ、おそらく。
例えばマッドマックス怒りのデスロードとかすげーハマってるし今でも好きだし、そういえばモアナとかもすげーハマったし今でも好きなんだけど、MMFRは二次創作は1作だけ書き上げて満足した。何個か書きかけてた二次話もあったけど、完遂まで行く前に創作欲の熱は下がって、ただ視聴する一方での大好き作品の枠に落ち着いた。モアナも、なーんかちょっと話をひとつ書きたいなくらいのとこまで、喉元まで言葉がせりあがってくるみたいな感覚があったんだけど、結局書かないでそのまま、めっちゃ好き、くらいに落ち着いた。
舞台になってる世界に対する思い入れ、なのかなあ。
物語やキャラに気持ちががーっとのめりこんで、めっちゃいろいろ考えて、それで描かれた世界も印象的で……ってなると二次書きたくなるんだけど、それだけではまだ書き出さない。
作品に描かれた世界自体がどうしようもないくらいの自分の内部にのめり込んできて、自分にとってはどこかに世界がまるごと存在し始めるような、世界の存在感や手触りがしっとり重みをもつような、そうなるとなんか、ずーっと残るし、二次を書き始めたりもする、のかな。
よくわからないな。べつに考えるようなことでもないかもしれない。ただちょっと、こう、考えてみると不思議だけど、自分にとっては自明な感覚を、文字でメモしておきたかった。
いずれ、二次創作を書く意欲は落ち着くのかもしれない。でもまあ、まだなんか、こう、まだまだ……推しの良さみを噛みしめたい。ネオアトラス、ああいうゲームだから余白がたいへんいっぱいある。そこに埋もれてありそうな(自分の主観ではもはや確実あるはずくらいに思っている)風景を、自分自身が手に取りたいんだろう。
そして他人が書いた二次創作は、めちゃくちゃ尊い、ありがたい、そしていつでもウェルカム。読みたい! よそ様の愛好するいろんなネオアトラスも、味わいたいよ!
そういえばゲ謎みたいな、爆発的に二次創作が生産されてる人気ジャンルをうっすら横目に見ていると、こ、この量が当たり前なのか……と圧倒される気持ちがあるよ。いいなあ。でも、もしそれほど二次創作がいっぱいあったら、多分自分では二次創作やってないだろうなあ、ってのもあるな。
普段あまり見ないのに最近やたらとアニメ見てたり、長文で感想なんか書いてるのは、なんかこう、インプットもしたい、それに対するアウトプットもしたい、そんな感じのなにか書きたいモチベがなくもないが創作というまでにはいたらない、うっすらフラストレーション的なものを抱えているのかもしれない。
本当は多分、二次創作を書きたいのだと思う。でも、腰を据えてそれにかかれない勢いのなさはまだある。感想じゃなくて物語にするってことになると、二次創作とはいえ、けっこう気合いと作業が要る。もとより怠惰なのでなかなか取りかかれない。そして完成したところですっかり満たされるわけでもないとわかってもいる。不毛なのだ。不毛がわかっているのに、いつかはとりかかってしまうなにかが自分のどこかにある。ので、いずれは書くしかないだろう。書き始めてしまうだろう。
いちおう、後々には、書いといて良かったなあと思ったりもするかもしれないとは思っている。
自分が書いたものは拙いのだが、やっぱり推しはこういうとこが良いと思うんだよ!がめちゃくちゃ注ぎ込まれているので、あとで読み返すと、そうそうそうなんだよ推しやっぱり最高に良い~~!!って自分でなれることもままあるので(最近、自分でプラニスフェーリオ読み返して、アブトゥに対して、ほんと好きしかないな!ってなった。自分の作ったものが下手でもなんでも、そこに推しに対する解釈が叩き込まれてるから、それをフックに脳内で幻の推しの良さみを無限再生できる)
なお、ダン飯のライオスとは別の種類の気持ち悪いが見れると聞き、ブレイバーンも見ようと思っている。(逆もあるらしい、ブレイバーンとは別種のキモ情熱持ちキャラとしてライオスに興味持ってダン飯視聴開始勢が。勇者ロボファン層とTRPGファン層の交流が生まれている?)
本当は多分、二次創作を書きたいのだと思う。でも、腰を据えてそれにかかれない勢いのなさはまだある。感想じゃなくて物語にするってことになると、二次創作とはいえ、けっこう気合いと作業が要る。もとより怠惰なのでなかなか取りかかれない。そして完成したところですっかり満たされるわけでもないとわかってもいる。不毛なのだ。不毛がわかっているのに、いつかはとりかかってしまうなにかが自分のどこかにある。ので、いずれは書くしかないだろう。書き始めてしまうだろう。
いちおう、後々には、書いといて良かったなあと思ったりもするかもしれないとは思っている。
自分が書いたものは拙いのだが、やっぱり推しはこういうとこが良いと思うんだよ!がめちゃくちゃ注ぎ込まれているので、あとで読み返すと、そうそうそうなんだよ推しやっぱり最高に良い~~!!って自分でなれることもままあるので(最近、自分でプラニスフェーリオ読み返して、アブトゥに対して、ほんと好きしかないな!ってなった。自分の作ったものが下手でもなんでも、そこに推しに対する解釈が叩き込まれてるから、それをフックに脳内で幻の推しの良さみを無限再生できる)
なお、ダン飯のライオスとは別の種類の気持ち悪いが見れると聞き、ブレイバーンも見ようと思っている。(逆もあるらしい、ブレイバーンとは別種のキモ情熱持ちキャラとしてライオスに興味持ってダン飯視聴開始勢が。勇者ロボファン層とTRPGファン層の交流が生まれている?)
K2最新話好きすぎて長語りしてしまったが、ほんとは今年の抱負を書こうと思ってたんだ。
とりあえず3月いっぱいまでは仕事がメインであんまり推し活動できない目算だけど、3月までどれだけスローペースでもいいからちょこちょこらくがきとか、短編二次小説を書いてくのはがんばってみたい。
4月以降はね……まずは放置してるセーリング・エラと、Sagresを一通り遊んでいきたいな。
あと積み本の消化。大航海時代=中世後期の解像度を上げていきたい。推し活動に生かすかはともかくとして、知識だけはもう少し入れておきたい。
二次創作は、2023年は街のフレーバーテキストで書いた短編集出したけど、今度は発見物と提督たちを絡めたやつ書けたらいいな。
ペレスとアブトゥをいちゃつかせもしたいが、それはちょっとゆっくり気味に考えている。というのは、ずっと抱えてるアブトゥとペレスの連作のネタがあるんだけど、それを少しづつ進めたいんだよねえ。ただし現段階でもそれなりのボリュームが見込まれてるので、2024年中に完結はまず無理だなと。今年は、もう少ししっかりプロット固めるのと、ちょっとずつ書き進めていくのを心に留めておく程度で。
個人誌は今年は出せないかもしれないが(今年のうちに文庫本の厚さになる量を書く予定がない)、合同誌はまたやれたらいいな〜。でも今はまだなんもアイデアがない。あとのぐちさんにも、まだなんも相談してない。勝手に、また合同誌やりたいな〜とか思ってるだけ。
そうだ、そういえば夏の終わり頃に、東京港にイタリア海軍の練習帆船が来るので、それを見に行きたい。オフ会とか設定しちゃうのどうだろ?!と考えちゃうけど、まあ具体的なことはもう少し先でもいいかな。
とりあえず思いつくのはこんなところ。
今年もネオアトラスでワァワァする気でいる。もっと掘り下げたいこといっぱいあるんだよなあ
追記:
そういえば、2023年は提督それぞれ主人公で、恋愛でもない話を書けたのちょっとだけ去年よりは進歩したと思ってるけど、面白い話に書けてるかどうかというとまた別の話なので、質ももう少し上げていけたらなあ。
二次創作なので、二次創作なりの面白さや伝わり感でいいかなとは思うけど、それにしてももう少し読んで面白いものを書けたいものである。
まあ、そもそも文章自体がそんなに上手ではないので、もう少しこなれた文章書けるようになりたいねえ。マシになるには、とにかくちゃんと書いていくしかないとは思うけどさ、地道に。
とりあえず3月いっぱいまでは仕事がメインであんまり推し活動できない目算だけど、3月までどれだけスローペースでもいいからちょこちょこらくがきとか、短編二次小説を書いてくのはがんばってみたい。
4月以降はね……まずは放置してるセーリング・エラと、Sagresを一通り遊んでいきたいな。
あと積み本の消化。大航海時代=中世後期の解像度を上げていきたい。推し活動に生かすかはともかくとして、知識だけはもう少し入れておきたい。
二次創作は、2023年は街のフレーバーテキストで書いた短編集出したけど、今度は発見物と提督たちを絡めたやつ書けたらいいな。
ペレスとアブトゥをいちゃつかせもしたいが、それはちょっとゆっくり気味に考えている。というのは、ずっと抱えてるアブトゥとペレスの連作のネタがあるんだけど、それを少しづつ進めたいんだよねえ。ただし現段階でもそれなりのボリュームが見込まれてるので、2024年中に完結はまず無理だなと。今年は、もう少ししっかりプロット固めるのと、ちょっとずつ書き進めていくのを心に留めておく程度で。
個人誌は今年は出せないかもしれないが(今年のうちに文庫本の厚さになる量を書く予定がない)、合同誌はまたやれたらいいな〜。でも今はまだなんもアイデアがない。あとのぐちさんにも、まだなんも相談してない。勝手に、また合同誌やりたいな〜とか思ってるだけ。
そうだ、そういえば夏の終わり頃に、東京港にイタリア海軍の練習帆船が来るので、それを見に行きたい。オフ会とか設定しちゃうのどうだろ?!と考えちゃうけど、まあ具体的なことはもう少し先でもいいかな。
とりあえず思いつくのはこんなところ。
今年もネオアトラスでワァワァする気でいる。もっと掘り下げたいこといっぱいあるんだよなあ
追記:
そういえば、2023年は提督それぞれ主人公で、恋愛でもない話を書けたのちょっとだけ去年よりは進歩したと思ってるけど、面白い話に書けてるかどうかというとまた別の話なので、質ももう少し上げていけたらなあ。
二次創作なので、二次創作なりの面白さや伝わり感でいいかなとは思うけど、それにしてももう少し読んで面白いものを書けたいものである。
まあ、そもそも文章自体がそんなに上手ではないので、もう少しこなれた文章書けるようになりたいねえ。マシになるには、とにかくちゃんと書いていくしかないとは思うけどさ、地道に。
K2の466話、最新話なんでポイント払わないといけないやつだけど、読んだよ!(というか毎回ポイント払って最新話読む程度には追っかけてる作品)
ちょっとォ〜〜〜!!!
タイトルといいサムネといい表紙といい中身といい、1000%の也宮だったんで即死しそうだったよ!!!
たけど別に関係は進展はしてない。めちゃくちゃ也宮なのに。
なにそれおかしくない??!!!
とりあえず、一也があいかわらず宮坂さんにホの字なのがよくわかるし、一方の宮坂さんは全然そういう感じの空気じゃないし、でも誕プレは毎年贈り合っている仲という尊さ。
それと、一也はKの一族だし外科手術の場数とんでもなく踏んでるからいいとして、宮坂さんがすっかり外科医が板についてきてる感じなの、じんわり感動した。まだ、裁縫好きの女子高生で、外科医なんて考えてなかった頃の宮坂さんを思い出し、姪っ子がすっかり大きくなってこんな立派に……みたいな気持ちになった。
オペで一也の隣にいる絵もすごく自然なんだよなあ。ううう。もうほんと早く結婚して。告白とかすっ飛ばして明日くらいには籍を入れてくれて構わない。急患来たら毎度夫婦オペでがんばってくれ。
この物語、いちおうは今代のKである一人と、スーパードクターのDNAを背負う一也が主人公だけど、K2ではつまるところ医療で患者の命と人生を救うことを志し努力をやめない医師みんながスーパードクターなのだ、て方向に物語が動いてる気がしてる。何話だったか忘れたけど、谷岡部長の実家のエピソードで、町の医院やってるお父さんの弛まぬ仕事というのが印象的だった。一人と一也だけがヒーローとして孤高に人を救い続けるのではなく、たくさんの医師が自分の場所で日々、地道に戦い続けている。
特に最近の数エピソードで、一人については富永や高品親子の話で、頼りになる相棒や後続がいるんだという話をやってたと思うけど、一也については宮坂さんや帝都大の仲間たちがそういう存在になるかもしれないと思ってて、高品親子の話が進んでる裏でついに一也と宮坂さんの二人で外科手術する話が来たので、なんか感じ入ってしまった。別に初めてではないけど、共同作業尊いな……というかもしかしたらガチのオペを、正規の医師の立場で二人で乗り切るのははじめてでは。ううう。二人とも立派に医師の道を歩んでいる……何度でも無限に、ご近所で長らく二人の成長を見てきたオバチャン目線になれる。最高の1話だた。
一也は、このエピソードでも宮坂さんにドキドキで照れ顔見せまくりだけど、KAZUYAに比べて普通に青年の言動や表情の場面多くて、そこがもはや一也というキャラの個性になってるフシがあるの、なんか安心するよ。KAZUYAはああいうキャラでいいんだけど一也は普通の若いにーさんの側面を保持しててほしい。わりと普通の喜怒哀楽も抱えながら暮らしてる人が、必要なときにはギュッてしてヒーローを務めるての、すごくいい。同じようなカオをして一緒にヒーローをやる相棒として宮坂さんが隣に立っててくれるのがまた良い。そういうキャラであってほしい。一時期、放浪編で一也は孤高のスーパードクターの道を歩みかけそうな気配を漂わせていたけど、そうじゃなくて村に戻り、宮坂さんに迎えられて、孤高じゃないルートに流れが向かったの、個人的には良かったなと思ってる。恋愛とかじゃなくて、人生の物語として。
それはさておき、しかし少なくとも一也は宮坂さんにどっぷり惚れてるし、宮坂さんも一也が告りさえすれば普通に付き合うとか結婚するとかなると思うし、こうなったら妊娠出産の話もしてほしい。告白から結婚から妊娠出産までのいちいちにうろたえる一也が見たい……ではなく(※ではなくないが)、一也はなにせあの出生なので、惚れた人と結ばれてそのままごく一般的な父親になる流れであってほしい。
あと、難しいテーマとは思うけど、女性の外科医のキャリアと人生、特にパートナーも医師である場合の二人の、仕事と出産や子育ての話も、展開してもらえたらなあ。
K2だと、KEIが医師であり多忙な夫を持ちながら子を生み育て、自分自身も医師としてキャリアを重ねてるけど、もう出産終えて子供がかなり大きくなった段階でサブキャラとしての再登場だった。KEIの人生と子供の話はあんまり出てこなかったけど、一也と宮坂さんが結婚するかも、て話になると、先輩として磯永夫妻の、結婚して子ができて親となっていく話も出てくるのかも。そういうのもちょっと読んでみたいなあと思う。恋愛バナシというより、医者人生の一側面として。
ちょっとォ〜〜〜!!!
タイトルといいサムネといい表紙といい中身といい、1000%の也宮だったんで即死しそうだったよ!!!
たけど別に関係は進展はしてない。めちゃくちゃ也宮なのに。
なにそれおかしくない??!!!
とりあえず、一也があいかわらず宮坂さんにホの字なのがよくわかるし、一方の宮坂さんは全然そういう感じの空気じゃないし、でも誕プレは毎年贈り合っている仲という尊さ。
それと、一也はKの一族だし外科手術の場数とんでもなく踏んでるからいいとして、宮坂さんがすっかり外科医が板についてきてる感じなの、じんわり感動した。まだ、裁縫好きの女子高生で、外科医なんて考えてなかった頃の宮坂さんを思い出し、姪っ子がすっかり大きくなってこんな立派に……みたいな気持ちになった。
オペで一也の隣にいる絵もすごく自然なんだよなあ。ううう。もうほんと早く結婚して。告白とかすっ飛ばして明日くらいには籍を入れてくれて構わない。急患来たら毎度夫婦オペでがんばってくれ。
この物語、いちおうは今代のKである一人と、スーパードクターのDNAを背負う一也が主人公だけど、K2ではつまるところ医療で患者の命と人生を救うことを志し努力をやめない医師みんながスーパードクターなのだ、て方向に物語が動いてる気がしてる。何話だったか忘れたけど、谷岡部長の実家のエピソードで、町の医院やってるお父さんの弛まぬ仕事というのが印象的だった。一人と一也だけがヒーローとして孤高に人を救い続けるのではなく、たくさんの医師が自分の場所で日々、地道に戦い続けている。
特に最近の数エピソードで、一人については富永や高品親子の話で、頼りになる相棒や後続がいるんだという話をやってたと思うけど、一也については宮坂さんや帝都大の仲間たちがそういう存在になるかもしれないと思ってて、高品親子の話が進んでる裏でついに一也と宮坂さんの二人で外科手術する話が来たので、なんか感じ入ってしまった。別に初めてではないけど、共同作業尊いな……というかもしかしたらガチのオペを、正規の医師の立場で二人で乗り切るのははじめてでは。ううう。二人とも立派に医師の道を歩んでいる……何度でも無限に、ご近所で長らく二人の成長を見てきたオバチャン目線になれる。最高の1話だた。
一也は、このエピソードでも宮坂さんにドキドキで照れ顔見せまくりだけど、KAZUYAに比べて普通に青年の言動や表情の場面多くて、そこがもはや一也というキャラの個性になってるフシがあるの、なんか安心するよ。KAZUYAはああいうキャラでいいんだけど一也は普通の若いにーさんの側面を保持しててほしい。わりと普通の喜怒哀楽も抱えながら暮らしてる人が、必要なときにはギュッてしてヒーローを務めるての、すごくいい。同じようなカオをして一緒にヒーローをやる相棒として宮坂さんが隣に立っててくれるのがまた良い。そういうキャラであってほしい。一時期、放浪編で一也は孤高のスーパードクターの道を歩みかけそうな気配を漂わせていたけど、そうじゃなくて村に戻り、宮坂さんに迎えられて、孤高じゃないルートに流れが向かったの、個人的には良かったなと思ってる。恋愛とかじゃなくて、人生の物語として。
それはさておき、しかし少なくとも一也は宮坂さんにどっぷり惚れてるし、宮坂さんも一也が告りさえすれば普通に付き合うとか結婚するとかなると思うし、こうなったら妊娠出産の話もしてほしい。告白から結婚から妊娠出産までのいちいちにうろたえる一也が見たい……ではなく(※ではなくないが)、一也はなにせあの出生なので、惚れた人と結ばれてそのままごく一般的な父親になる流れであってほしい。
あと、難しいテーマとは思うけど、女性の外科医のキャリアと人生、特にパートナーも医師である場合の二人の、仕事と出産や子育ての話も、展開してもらえたらなあ。
K2だと、KEIが医師であり多忙な夫を持ちながら子を生み育て、自分自身も医師としてキャリアを重ねてるけど、もう出産終えて子供がかなり大きくなった段階でサブキャラとしての再登場だった。KEIの人生と子供の話はあんまり出てこなかったけど、一也と宮坂さんが結婚するかも、て話になると、先輩として磯永夫妻の、結婚して子ができて親となっていく話も出てくるのかも。そういうのもちょっと読んでみたいなあと思う。恋愛バナシというより、医者人生の一側面として。
ダンジョン飯も見たよ。
ちゃんと、マルシルが「もうこりごり!」つってキュキュキュッて丸い窓で締まるやつやってくれて、アニメでこれ見れたからもうそれだけで満点。
3話が、急にものすごくTRIGGER作画感あってて、九井諒子氏の絵の雰囲気からは離れてたけど、むしろアニメ化というならこんくらい違うのが面白い気もした。特にライオスとファリン幼少期の場面が完全にすしお画だし勢い良すぎて笑った。原作の雰囲気を丁寧に再現するより、アニメはアニメとしての表現の面白さに振ってもらいたいなという希望があるので私としてはこの方向のが良い。絵はアニメアニメしい勢いの良さだったけど、演出とかは丁寧だったなとも。
ただ、3話は単純に作画が荒いとこがある気もしたので、先行きはちょっと心配。頼むぞTRIGGER……
ちゃんと、マルシルが「もうこりごり!」つってキュキュキュッて丸い窓で締まるやつやってくれて、アニメでこれ見れたからもうそれだけで満点。
3話が、急にものすごくTRIGGER作画感あってて、九井諒子氏の絵の雰囲気からは離れてたけど、むしろアニメ化というならこんくらい違うのが面白い気もした。特にライオスとファリン幼少期の場面が完全にすしお画だし勢い良すぎて笑った。原作の雰囲気を丁寧に再現するより、アニメはアニメとしての表現の面白さに振ってもらいたいなという希望があるので私としてはこの方向のが良い。絵はアニメアニメしい勢いの良さだったけど、演出とかは丁寧だったなとも。
ただ、3話は単純に作画が荒いとこがある気もしたので、先行きはちょっと心配。頼むぞTRIGGER……
こないだ出した個人誌の人物紹介で、提督全員集合絵を描けたので、それに色塗りする作業してるんだけど、作業のあいまにフリーレン見た。実質、フリーレンの合間に作業してた、に近いけど。
面白いというか、そりゃ好きになるよこれ!!って思った。キャラクタはみんなぽんやり淡々テンポでマイペースで、笑わせくすぐりもいっぱい入るし、キャラのぽんこつがとにかく楽しいのに、一回はじわじわ泣いちゃう人生っぽさ~! 随所でエモが叩き込まれる。中年の涙もろいハートを割り鳴らす感じの叩き込まれ感がある。
それと、原作漫画も最初の方読んでて面白い作品だなとは思ったけど、アニメのほうはとにかくアニメーションが魅力的ですごい。フリーレンとフェルンどの瞬間もかわいいし魅力的。萌えキャラという文脈ではなく、シンプルに動作とか造形が魅力的。全体に、女性キャラの絵的な魅力すごいな~と思った。フリーレンの師匠なんかもこう一場面ごと立ち姿そのものに魅力があって、絵がとにかく良い。男子キャラは、女子キャラに比べると造形や動作そのものよりキャラクタのほうに魅力がある感じだけど、おしなべてキャラはとにかく良い。男女とも全員、ちょっと食えない、ちょっとクセがある、ちょっと意地と見栄がある、そして基本として善良で温厚(魔族は別)。とにかく物語が優しい。中年のハートをエモで叩き割っておいたところに沁みる薬をなすりつけてくる。おのれ。こんな餌に釣られクマー。
なおかつ、フリーレンを筆頭にパーティーメンバーは基本性能としては非常に優秀で有能なつよつよ連中なので、チート無双感もある。その辺は最近のラノベに求められてる安心感もちゃんと確保している感じ。
とにかく細部まで行き届いたウェルメイドだけど、そこが鼻につく感じもなく、愛情を持てるアニメ作品だなあと思った。
一方、今、ついった上では、フリーレンの物語が読めてない人がいるバナシがなんかバズってる。
改めて言われると、確かにハイコンテクストな物語だなあと気付いた。パロディ的というか、前提として、角川スニーカーとかあれこれゲームとかで叩き込まれた膨大な物語がないと、すっとは入れないかもしれない。
指輪物語読んでりゃエルフの時間感覚とか、定命の人間との恋愛における別離とかのテーマ自体への理解はあるだろうけど、魔王を倒した勇者のその後、という文脈は指輪物語自体にはない(魔王討伐後のアフターの章はがっつりあるけど、あくまでしめくくりであって、そこから新しく話が始まるわけではない)から、ドラゴンクエスト以来のJRPGが脳にしみ込んでて、魔王を倒してエンディング、めでたしめでたし……で、その後どうなった?の興味を持ったことがないとピンとこないかなと。
例えばロードス島戦記とかテイルズオブファンタジアで、魔法使いエルフと勇者が恋仲で、でも二人の間には寿命の違いがあって、魔王を倒して二人は結婚し死ぬまで幸せに暮らしました……とは単純にいかない点に胸がきゅんと痛んだ記憶があるかどうかみたいな。フリーレンの思いの在り方、彼女の記憶のたどり方はとてもエモいけど、あれは、パーンといずれは死別するだろうディードリットがその後どうやって生きていったかを想起させる物語としても読めるというか。2010年代のラノベ知識というより、1990年代のファンタジーブームに知識があるほうが取っつきやすい気がする。
(余談なうえにロードスのネタバレなんだけど……
続編だったかどっかで、壮年期も過ぎもはや老年期も見え始めてるパーンとずっと一緒にいて実質配偶者の立ち位置にあるディードが、子供はできなかった、とモノローグで語ってる一行をどっかで見かけて、なんか沁みたんだよなあ。英雄で勇者で有名人だけど、恋人つうか夫婦としては普通の二人で、子供も欲しかったのかもしれないけどそうはならなかったんだなあ、それを静かに受け止めるしかない命運の二人なんだなあ、と。ただしメタ的に言えば、ディードは永遠の美少女キャラでしかあれず、パーンもどれだけ老いていこうが物語の上では名も無い若い冒険者だったキャラを引きずらざるを得ず、青年期のキャラ造形を崩せない、若者向けというジャンルが要求しただろう物語構造自体に怨みはある。設定上そうにしかなれなかったというだけではなく、おそらくジャンルの特性で親にさせ得なかったんだよね、このカップルは……)
ちなみに職場上司はフリーレン推してて、フリーレン見たよ!フェルンかわいい!と感想言ったら、娘の成長を見守る心地だよ……と言っていた。リアルにローティーン年代の子持ちなので、余計その感想になるのかもしれない。ああ、確かにそう。子育てしてる中年の心にも、萌えとは別の文脈でフックするポイントがあるな。
アニメ-ションとしての魅力は全世代に響く感じなので、オールラウンドに人を惹きつけるのは確かだけど、物語の核の部分は、今、中年に差し掛かっているか、中年どまんなかの世代にやたらに響くように作られてる作品なのではないか、という感じはしてる。
とはいえ、フリーレンまわりは中年の心をたたき割っていくけども、フェルンとシュタルクらへんは、若い人にとってはリアルタイムに自分たちの物語で、赤い実はじけたの世界だなあ。一見甘酸っぱいすらないような、意識してない友達関係くらいのコミュニケーションなのにふいに甘酸っぱい。普通にこの二人の関係性は萌えがあるし、描写の適度な抑制と品の良さも良いし、二人それぞれキャラクタも魅力的だ。行く末見守り隊に入隊せざるを得ない。
同時に、ヒンメルの思い出を巡る旅の途上にあるフリーレンからすると、フェルンとシュタルクがひき起こすあれこれは、なにかと自身とヒンメルとの十年の旅の思い出(実質的にヒンメルといた時間がフリーレンの青春時代なのだ)に重なるでもある。こうして物語はずっといくつものレイヤーが重なって語られてる。それを考えるとそれなりに複雑な造りの物語だし、しかもこの作品では、そのへんをわかりやすくテキストで説明したりはほとんどしない。結構な頻度で、絵や間やカットバックだけで語るし、ちょっと過剰かもと思うくらい、かなり余白や行間を重視している。ディテールを読んでく作業もなにげに必要で、合わない人にはあんまり合わないというのもわかる。
正直、私も、このカットは今なんのためにあったんだろ???と思ったりしてるカットが結構あって(城門くぐるとき衛士がやたら長映ししてたのとか)、読みか文脈理解が不足なのかもしれないけど、単にテンポや間が独特なのかもしれない気もしている。未だによくわからない。とにかくディテール大事な作品なので倍速視聴には向いてないのだけは確かだなあとおも。情報摂取という面でだけみるなら倍速視聴も手段の一つなので悪いとは思わないけど、作品を鑑賞しようとしたら倍速視聴ではできないし、この作品はそもそもからして、ある程度の時間と手間を掛けて鑑賞してくれという造りなので。
そういうわけでフリーレンという作品はかくも繊細で重層的な造りで、文脈理解も当たり前に要求してくるややこしさなのに、今期の圧倒的覇権なのは、とにもかくにもアニメーションの魅力と、キャラクタの魅力と押しつけがましくなさにあるのかなあと思っている。
物語は緩いようで牽引力があって、フリーレンの旅路の果ては気になるし、旅の途中でヒンメルと幾度もふたたび邂逅するようなフリーレンの心境にいちいち思いを馳せたくなるし、フェルンとシュタルクはいいからさっさと付き合っちゃえよ。ザインが中年の心の叫びを代行してくれたのマジありがてえ。
あ、そういえば、なにかと街や村に数ヶ月単位で逗留してどんどん年月が経っていく(そしていちいちフェルンが苛立つ)ところが面白い。ご長寿エルフの時間感覚がこういうかたちで随所で表現されるのめちゃくちゃ好き。SF的なセンスオブワンダー感じる。
面白いというか、そりゃ好きになるよこれ!!って思った。キャラクタはみんなぽんやり淡々テンポでマイペースで、笑わせくすぐりもいっぱい入るし、キャラのぽんこつがとにかく楽しいのに、一回はじわじわ泣いちゃう人生っぽさ~! 随所でエモが叩き込まれる。中年の涙もろいハートを割り鳴らす感じの叩き込まれ感がある。
それと、原作漫画も最初の方読んでて面白い作品だなとは思ったけど、アニメのほうはとにかくアニメーションが魅力的ですごい。フリーレンとフェルンどの瞬間もかわいいし魅力的。萌えキャラという文脈ではなく、シンプルに動作とか造形が魅力的。全体に、女性キャラの絵的な魅力すごいな~と思った。フリーレンの師匠なんかもこう一場面ごと立ち姿そのものに魅力があって、絵がとにかく良い。男子キャラは、女子キャラに比べると造形や動作そのものよりキャラクタのほうに魅力がある感じだけど、おしなべてキャラはとにかく良い。男女とも全員、ちょっと食えない、ちょっとクセがある、ちょっと意地と見栄がある、そして基本として善良で温厚(魔族は別)。とにかく物語が優しい。中年のハートをエモで叩き割っておいたところに沁みる薬をなすりつけてくる。おのれ。こんな餌に釣られクマー。
なおかつ、フリーレンを筆頭にパーティーメンバーは基本性能としては非常に優秀で有能なつよつよ連中なので、チート無双感もある。その辺は最近のラノベに求められてる安心感もちゃんと確保している感じ。
とにかく細部まで行き届いたウェルメイドだけど、そこが鼻につく感じもなく、愛情を持てるアニメ作品だなあと思った。
一方、今、ついった上では、フリーレンの物語が読めてない人がいるバナシがなんかバズってる。
改めて言われると、確かにハイコンテクストな物語だなあと気付いた。パロディ的というか、前提として、角川スニーカーとかあれこれゲームとかで叩き込まれた膨大な物語がないと、すっとは入れないかもしれない。
指輪物語読んでりゃエルフの時間感覚とか、定命の人間との恋愛における別離とかのテーマ自体への理解はあるだろうけど、魔王を倒した勇者のその後、という文脈は指輪物語自体にはない(魔王討伐後のアフターの章はがっつりあるけど、あくまでしめくくりであって、そこから新しく話が始まるわけではない)から、ドラゴンクエスト以来のJRPGが脳にしみ込んでて、魔王を倒してエンディング、めでたしめでたし……で、その後どうなった?の興味を持ったことがないとピンとこないかなと。
例えばロードス島戦記とかテイルズオブファンタジアで、魔法使いエルフと勇者が恋仲で、でも二人の間には寿命の違いがあって、魔王を倒して二人は結婚し死ぬまで幸せに暮らしました……とは単純にいかない点に胸がきゅんと痛んだ記憶があるかどうかみたいな。フリーレンの思いの在り方、彼女の記憶のたどり方はとてもエモいけど、あれは、パーンといずれは死別するだろうディードリットがその後どうやって生きていったかを想起させる物語としても読めるというか。2010年代のラノベ知識というより、1990年代のファンタジーブームに知識があるほうが取っつきやすい気がする。
(余談なうえにロードスのネタバレなんだけど……
続編だったかどっかで、壮年期も過ぎもはや老年期も見え始めてるパーンとずっと一緒にいて実質配偶者の立ち位置にあるディードが、子供はできなかった、とモノローグで語ってる一行をどっかで見かけて、なんか沁みたんだよなあ。英雄で勇者で有名人だけど、恋人つうか夫婦としては普通の二人で、子供も欲しかったのかもしれないけどそうはならなかったんだなあ、それを静かに受け止めるしかない命運の二人なんだなあ、と。ただしメタ的に言えば、ディードは永遠の美少女キャラでしかあれず、パーンもどれだけ老いていこうが物語の上では名も無い若い冒険者だったキャラを引きずらざるを得ず、青年期のキャラ造形を崩せない、若者向けというジャンルが要求しただろう物語構造自体に怨みはある。設定上そうにしかなれなかったというだけではなく、おそらくジャンルの特性で親にさせ得なかったんだよね、このカップルは……)
ちなみに職場上司はフリーレン推してて、フリーレン見たよ!フェルンかわいい!と感想言ったら、娘の成長を見守る心地だよ……と言っていた。リアルにローティーン年代の子持ちなので、余計その感想になるのかもしれない。ああ、確かにそう。子育てしてる中年の心にも、萌えとは別の文脈でフックするポイントがあるな。
アニメ-ションとしての魅力は全世代に響く感じなので、オールラウンドに人を惹きつけるのは確かだけど、物語の核の部分は、今、中年に差し掛かっているか、中年どまんなかの世代にやたらに響くように作られてる作品なのではないか、という感じはしてる。
とはいえ、フリーレンまわりは中年の心をたたき割っていくけども、フェルンとシュタルクらへんは、若い人にとってはリアルタイムに自分たちの物語で、赤い実はじけたの世界だなあ。一見甘酸っぱいすらないような、意識してない友達関係くらいのコミュニケーションなのにふいに甘酸っぱい。普通にこの二人の関係性は萌えがあるし、描写の適度な抑制と品の良さも良いし、二人それぞれキャラクタも魅力的だ。行く末見守り隊に入隊せざるを得ない。
同時に、ヒンメルの思い出を巡る旅の途上にあるフリーレンからすると、フェルンとシュタルクがひき起こすあれこれは、なにかと自身とヒンメルとの十年の旅の思い出(実質的にヒンメルといた時間がフリーレンの青春時代なのだ)に重なるでもある。こうして物語はずっといくつものレイヤーが重なって語られてる。それを考えるとそれなりに複雑な造りの物語だし、しかもこの作品では、そのへんをわかりやすくテキストで説明したりはほとんどしない。結構な頻度で、絵や間やカットバックだけで語るし、ちょっと過剰かもと思うくらい、かなり余白や行間を重視している。ディテールを読んでく作業もなにげに必要で、合わない人にはあんまり合わないというのもわかる。
正直、私も、このカットは今なんのためにあったんだろ???と思ったりしてるカットが結構あって(城門くぐるとき衛士がやたら長映ししてたのとか)、読みか文脈理解が不足なのかもしれないけど、単にテンポや間が独特なのかもしれない気もしている。未だによくわからない。とにかくディテール大事な作品なので倍速視聴には向いてないのだけは確かだなあとおも。情報摂取という面でだけみるなら倍速視聴も手段の一つなので悪いとは思わないけど、作品を鑑賞しようとしたら倍速視聴ではできないし、この作品はそもそもからして、ある程度の時間と手間を掛けて鑑賞してくれという造りなので。
そういうわけでフリーレンという作品はかくも繊細で重層的な造りで、文脈理解も当たり前に要求してくるややこしさなのに、今期の圧倒的覇権なのは、とにもかくにもアニメーションの魅力と、キャラクタの魅力と押しつけがましくなさにあるのかなあと思っている。
物語は緩いようで牽引力があって、フリーレンの旅路の果ては気になるし、旅の途中でヒンメルと幾度もふたたび邂逅するようなフリーレンの心境にいちいち思いを馳せたくなるし、フェルンとシュタルクはいいからさっさと付き合っちゃえよ。ザインが中年の心の叫びを代行してくれたのマジありがてえ。
あ、そういえば、なにかと街や村に数ヶ月単位で逗留してどんどん年月が経っていく(そしていちいちフェルンが苛立つ)ところが面白い。ご長寿エルフの時間感覚がこういうかたちで随所で表現されるのめちゃくちゃ好き。SF的なセンスオブワンダー感じる。
これは自分用の備忘。
少し真面目な話というか。
そのうちもうちょっとちゃんと書いておこうとは思っているが……
大航海時代を舞台とし、概ねヨーロッパ人を主人公としてヨーロッパを発して未知の新世界へ……というゲームのストーリーやフレーバーを楽しむにあたり、私自身は、そのあとに続く植民地主義についてまったく意識しないわけにいかないのが本当のところ。
これは、あくまで私個人の屈託で、大航海時代シリーズなり、ネオアトラスシリーズなりの作品そのものをその点において批判する気はないし、プレイヤーがその視点を持たなきゃと主張する気もない。ただ私自身の意識において、史実にそれなりに寄せてる大航海時代シリーズはもちろん、わりと史実を相当にぼやかしながら進むネオアトラスの「世界の不思議と驚異」でさえも、「海のかなた」への憧れも含めて全てヨーロッパから発する視座から生まれたもの、つまりオリエンタリズム的なものが含まれているということは意識し続けないとなあ、というのがある。
無邪気に驚嘆され、楽しまれる「探索される側」には、日々の当たり前の生活文化があり、自己完結した世界を生きていた。だが、あるときヨーロッパが押し寄せてきて、それは不可逆に、決定的に変わってしまったのだ。やっぱり大航海時代には暗い側面がつきまとっていて、人類史において近代と呼ばれる時期以降、地球の広い地域を覆った植民地主義の発端がそこにあるのだ。そういう歴史的な流れが現実に存在し、今現在、この瞬間にも、地球上にうごめく人類のあれこれを運命づけてしまっている。そのことはいつも意識の片隅においておかねばと思う気持ちがある。
とはいえ、二次創作は二次創作だ。私は、好きな作品の好きなとこをワァワァ賞賛するためのものとして二次創作を書く気でいるので、その二次創作において、オリエンタリズムだの植民地主義だの、大航海時代や史実の暗い側面に触れる気はまったくない。二次創作を通して、一次作品や世間を批判的に批評する気もまったくない。
ただ、これは私自身が学問として若い頃に学んだあれこれから来る感覚ではあるんだけど、ヨーロッパからの「探索」をただ善として賞揚することには慎重であるべしという意識は、どこかにうっすらと抱えておかなくちゃという感覚もまた、確かにあるのだ。……あるんだけど、とか言っておいて私が書く二次創作ではわりと無邪気に、遠くへ、海の向こうへの憧れが出てしまっている。まあ私がそういうの好きなのでついそうなっちゃう。勢い良く書いてしまったあとで、ほんのちょっぴり、考えなしだったかなあと葛藤してる部分はある。でもまあ、やっぱり勢い任せに書いちゃうんだけど。
ゲーム作品として、大航海やネオアトの続編を望む気持ちもたいそうあるが、ゲーム作品は今や、さまざまに異なる歴史や背景や立場を持つ世界中の人が、自分たちの母語で遊ぶアクセス性を備えるようになった。大航海もネオアトも、大航海時代を夢と冒険にあふれたワンダフル世界巡りツアーとしてのんきに語ることはもうできないだろうなあとも思う。特にネオアトはそのへん顕著なんじゃないかと思ってて、無印や2にはあったいろいろな発見物が1469でだいぶ姿を消してしまっているのは、このへんの事情があるのかもしれないなあと思っている。そしてその配慮の感覚は打ち捨てるべきではないと思うし、当然のものであると思う。
冬コミで無配コピ本作ったとき、この点に触れても良かったけど触れずにすませちゃって、大変のんきに海の向こうへの憧れというとこにばかり焦点を当てるシメで終わらせてしまったので、ちょっと反省気味に、今ここで言及しておく。
少し真面目な話というか。
そのうちもうちょっとちゃんと書いておこうとは思っているが……
大航海時代を舞台とし、概ねヨーロッパ人を主人公としてヨーロッパを発して未知の新世界へ……というゲームのストーリーやフレーバーを楽しむにあたり、私自身は、そのあとに続く植民地主義についてまったく意識しないわけにいかないのが本当のところ。
これは、あくまで私個人の屈託で、大航海時代シリーズなり、ネオアトラスシリーズなりの作品そのものをその点において批判する気はないし、プレイヤーがその視点を持たなきゃと主張する気もない。ただ私自身の意識において、史実にそれなりに寄せてる大航海時代シリーズはもちろん、わりと史実を相当にぼやかしながら進むネオアトラスの「世界の不思議と驚異」でさえも、「海のかなた」への憧れも含めて全てヨーロッパから発する視座から生まれたもの、つまりオリエンタリズム的なものが含まれているということは意識し続けないとなあ、というのがある。
無邪気に驚嘆され、楽しまれる「探索される側」には、日々の当たり前の生活文化があり、自己完結した世界を生きていた。だが、あるときヨーロッパが押し寄せてきて、それは不可逆に、決定的に変わってしまったのだ。やっぱり大航海時代には暗い側面がつきまとっていて、人類史において近代と呼ばれる時期以降、地球の広い地域を覆った植民地主義の発端がそこにあるのだ。そういう歴史的な流れが現実に存在し、今現在、この瞬間にも、地球上にうごめく人類のあれこれを運命づけてしまっている。そのことはいつも意識の片隅においておかねばと思う気持ちがある。
とはいえ、二次創作は二次創作だ。私は、好きな作品の好きなとこをワァワァ賞賛するためのものとして二次創作を書く気でいるので、その二次創作において、オリエンタリズムだの植民地主義だの、大航海時代や史実の暗い側面に触れる気はまったくない。二次創作を通して、一次作品や世間を批判的に批評する気もまったくない。
ただ、これは私自身が学問として若い頃に学んだあれこれから来る感覚ではあるんだけど、ヨーロッパからの「探索」をただ善として賞揚することには慎重であるべしという意識は、どこかにうっすらと抱えておかなくちゃという感覚もまた、確かにあるのだ。……あるんだけど、とか言っておいて私が書く二次創作ではわりと無邪気に、遠くへ、海の向こうへの憧れが出てしまっている。まあ私がそういうの好きなのでついそうなっちゃう。勢い良く書いてしまったあとで、ほんのちょっぴり、考えなしだったかなあと葛藤してる部分はある。でもまあ、やっぱり勢い任せに書いちゃうんだけど。
ゲーム作品として、大航海やネオアトの続編を望む気持ちもたいそうあるが、ゲーム作品は今や、さまざまに異なる歴史や背景や立場を持つ世界中の人が、自分たちの母語で遊ぶアクセス性を備えるようになった。大航海もネオアトも、大航海時代を夢と冒険にあふれたワンダフル世界巡りツアーとしてのんきに語ることはもうできないだろうなあとも思う。特にネオアトはそのへん顕著なんじゃないかと思ってて、無印や2にはあったいろいろな発見物が1469でだいぶ姿を消してしまっているのは、このへんの事情があるのかもしれないなあと思っている。そしてその配慮の感覚は打ち捨てるべきではないと思うし、当然のものであると思う。
冬コミで無配コピ本作ったとき、この点に触れても良かったけど触れずにすませちゃって、大変のんきに海の向こうへの憧れというとこにばかり焦点を当てるシメで終わらせてしまったので、ちょっと反省気味に、今ここで言及しておく。
は? 推しの結婚?
めっっっっっっっっっっっっっっっちゃしてほしいわ結婚
結婚でも同棲でも事実婚でもなんでもいい
なんでもいいからとにかくずっと一緒にいてくれて
ほんとたのむ
……てなことをツイッターで呟きたいけど、全く自分の推しとは無関係のバズワード呟いて他人の目に触れやすくなるのはどうかと思ってここで吐き出す。
世間に疎い私には、ご結婚のお話が持ち上がったご両人(超人気のアイドル同士)については縁も知識もないからようわからんお人方なんだけども、まあともあれめでたい話がスマートに進んでよろしいことだ、と思うばかり。ちな職場のnmmnオタの同僚は、自分は違うけど友人がなんだかかんだかってんで、なんか休み時間に必死にLINEを打ちまくっている気配ではあった。まあ、こう、大変な心持ちのファン界隈もあるのだろう。
めっっっっっっっっっっっっっっっちゃしてほしいわ結婚
結婚でも同棲でも事実婚でもなんでもいい
なんでもいいからとにかくずっと一緒にいてくれて
ほんとたのむ
……てなことをツイッターで呟きたいけど、全く自分の推しとは無関係のバズワード呟いて他人の目に触れやすくなるのはどうかと思ってここで吐き出す。
世間に疎い私には、ご結婚のお話が持ち上がったご両人(超人気のアイドル同士)については縁も知識もないからようわからんお人方なんだけども、まあともあれめでたい話がスマートに進んでよろしいことだ、と思うばかり。ちな職場のnmmnオタの同僚は、自分は違うけど友人がなんだかかんだかってんで、なんか休み時間に必死にLINEを打ちまくっている気配ではあった。まあ、こう、大変な心持ちのファン界隈もあるのだろう。
今年はなに書こうかな~
しばらく推しカプいちゃいちゃを書いていないので、とりま推しカプがいちゃいちゃするだけのだだ甘い話を書きたいけど、ちょっといいネタの思いつきがない。
冬、冬だからなあ。季節が冬の話、なんとなく書きやすそうという意識はあるんだけどなんかあるかな。冬至、暮れ、年明け、降雪に雪解け……と、なにかとエモイベント多いし、寒いからこう、おしくらまんじゅう的に人びとも自然と寄り集まる感じがあり親密にさせやすい感じがあるけども、具体的になにと言われるとあんま思いつかん。すでに暮れと年明けの話は短編で書いちゃったし。
なんか焚き火とか北風とか、しもやけおててがもう寒い、とかでネタ考えとくか(童謡にネタを求める発想の貧困)
しばらく推しカプいちゃいちゃを書いていないので、とりま推しカプがいちゃいちゃするだけのだだ甘い話を書きたいけど、ちょっといいネタの思いつきがない。
冬、冬だからなあ。季節が冬の話、なんとなく書きやすそうという意識はあるんだけどなんかあるかな。冬至、暮れ、年明け、降雪に雪解け……と、なにかとエモイベント多いし、寒いからこう、おしくらまんじゅう的に人びとも自然と寄り集まる感じがあり親密にさせやすい感じがあるけども、具体的になにと言われるとあんま思いつかん。すでに暮れと年明けの話は短編で書いちゃったし。
なんか焚き火とか北風とか、しもやけおててがもう寒い、とかでネタ考えとくか(童謡にネタを求める発想の貧困)
いきつけのスーパーで、夏頃になるとたまに突発的に売っている謎にバカ美味いトマト「外間さんのトマト」が、なぜか季節外れのこの時期に売り場に並んでいて、見た瞬間かごに放り込んだ。
冬だから夏ほどの味ではないかも……と思ったが、普通に美味い。湯がきたてブロッコリとくし切りにしたトマトに、マヨネーズちょいつけただけでもりもり食った。ありがとう、このバカ美味いトマトを育てた外間さん(?)と土と雨と太陽よ。
なお、袋には「ほかまのトマト」と書いてあるが、売り場のポップには雑に「外間さんのトマト」とか「外間さんちのトマト」とか、そんなふうに書いて売ってある。正式な名称はよくわからない。上記の名称やその他ありそうなワードで検索してもなに一つ情報が出てこない。謎めいたトマトだ。たまに外間さんのきゅうりも売られてる。それもまたバカ美味い。個人的には茄子なんかも作ってもらえたら嬉しい。外間さんとこのバカ美味い茄子、存在するなら食べてみたい。
冬だから夏ほどの味ではないかも……と思ったが、普通に美味い。湯がきたてブロッコリとくし切りにしたトマトに、マヨネーズちょいつけただけでもりもり食った。ありがとう、このバカ美味いトマトを育てた外間さん(?)と土と雨と太陽よ。
なお、袋には「ほかまのトマト」と書いてあるが、売り場のポップには雑に「外間さんのトマト」とか「外間さんちのトマト」とか、そんなふうに書いて売ってある。正式な名称はよくわからない。上記の名称やその他ありそうなワードで検索してもなに一つ情報が出てこない。謎めいたトマトだ。たまに外間さんのきゅうりも売られてる。それもまたバカ美味い。個人的には茄子なんかも作ってもらえたら嬉しい。外間さんとこのバカ美味い茄子、存在するなら食べてみたい。
明けましておめでとうございます。
といいつつ、もう松の内を過ぎてしまっている。
実家から、自宅に戻ってはや四日。正月は元日から世間でいろいろありすぎて、どうも落ち着かなかった。
能登の地震は、本当にえらいことで、もうなんか……素人にはあまり言えることもないので、募金を多めに入れるくらいしかない。ただ、場所によっては3メートル超える隆起で、港湾がいくつもまるごと陸地化してしまっているのには衝撃を受けた。なんという……。これだけの地形改変があったのだからそりゃ被害も大きくなるが、陸路も壊滅的とか、ほんと……。近年の大災害とやや違うタイプの救援の困難さで、なんかたいへんつらい気持ちがある。
まあ考えても仕方が無いので、とにかく義援金やら支援金なりをわずかでも被災地に送ろうと思う。
といいつつ、もう松の内を過ぎてしまっている。
実家から、自宅に戻ってはや四日。正月は元日から世間でいろいろありすぎて、どうも落ち着かなかった。
能登の地震は、本当にえらいことで、もうなんか……素人にはあまり言えることもないので、募金を多めに入れるくらいしかない。ただ、場所によっては3メートル超える隆起で、港湾がいくつもまるごと陸地化してしまっているのには衝撃を受けた。なんという……。これだけの地形改変があったのだからそりゃ被害も大きくなるが、陸路も壊滅的とか、ほんと……。近年の大災害とやや違うタイプの救援の困難さで、なんかたいへんつらい気持ちがある。
まあ考えても仕方が無いので、とにかく義援金やら支援金なりをわずかでも被災地に送ろうと思う。
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疲れた。休み休み塗ってたけど、20時で集中力が限界で作業終了。
まだ塗り終わらない。予定になかった服の模様とか描き始めるのが悪い。
背景も描いたほうがいいか……???とか思い始めているが、多分無理だな。
今週の土日で塗れた範囲でやめることにする。他にやりたいことも全然あるんだ。
とりあえずちょっと一杯飲むことにした。
ほんとは塗り終わったときにひとり打ち上げとして飲もうかと思ってたけど、なんかもうそこまで撓めておけない。
こないだの土曜日のドライブのとき、最後にショッピングモールなどに寄り、贈答品のコーナーなどを覗いていたらポルトガル産のワインを見つけたので二本ほど買ってしまった。ごく安いやつ。
ヴィーニョヴェルデとロゼ。今日はロゼを一杯ひっかける。
開けたらすぐ飲まなきゃなので、多分、しばらくはちょいちょい飲む。