雑記
かなりひっさびさに集まった友人でわちゃわちゃ話してきた。
中に一人、かなり普通にオタ業界用語が通じる別ジャンルのオタ人材がいるので、私は最近ネオアトラスってゲームでドツボにはまってて最近の推し活はこんなだよ~って報告して、そっちはどんな~?みたいに聞いたら、今はナマモノジャンルだと。そんで最近の推し活として、ライブ見に行くとか以外でやってた行動が、「推しの結婚式に出た設定でドレスアップしてカフェに入って、披露宴後に今日のお式の良さを語ってる風に推しを語るオフ」てのをやってるって聞いて、なにそれクリエイティブー!!!!って心打たれてきた。
どういうものかというと、推しの結婚披露宴に友人として呼ばれたという想定で、こういうホテルで、こういうメニューで、余興はこういうので、誰々が挨拶して……みたいに設定を作り込み、ちゃんと結婚式に出る格好にドレスアップしてカフェとかでお茶会するらしい。この話してくれた友人の場合は、集まったメンツは同じグループ推しだけどそれぞれの推しは違うくて、別々のお式に出席した帰りにばったり会ったのでお茶してる、という設定でやってるみたい。なので、それぞれの推しの結婚式のかくかくしかじかの場面のここが良かった、泣いた~、みたいな妄想をそれぞれに語るオフというかたちになるようだった。このオフ会のために結婚式に出る想定の服をちゃんと買ったり、もちろん化粧もがっつりやる。だから外からみてると、結婚式帰りにカフェでお茶してるだけにしか見えないみたいなことになるらしい。なお、もちろん現実には推しは別に結婚もなんもしてないのである。
「すげークリエイティブ!!」って褒め称えてたら、いやみんなわりと普通にやってますよ、って言うので、大手ジャンルはやっぱ違うな~って感心した。普通にやってるものなの???
中に一人、かなり普通にオタ業界用語が通じる別ジャンルのオタ人材がいるので、私は最近ネオアトラスってゲームでドツボにはまってて最近の推し活はこんなだよ~って報告して、そっちはどんな~?みたいに聞いたら、今はナマモノジャンルだと。そんで最近の推し活として、ライブ見に行くとか以外でやってた行動が、「推しの結婚式に出た設定でドレスアップしてカフェに入って、披露宴後に今日のお式の良さを語ってる風に推しを語るオフ」てのをやってるって聞いて、なにそれクリエイティブー!!!!って心打たれてきた。
どういうものかというと、推しの結婚披露宴に友人として呼ばれたという想定で、こういうホテルで、こういうメニューで、余興はこういうので、誰々が挨拶して……みたいに設定を作り込み、ちゃんと結婚式に出る格好にドレスアップしてカフェとかでお茶会するらしい。この話してくれた友人の場合は、集まったメンツは同じグループ推しだけどそれぞれの推しは違うくて、別々のお式に出席した帰りにばったり会ったのでお茶してる、という設定でやってるみたい。なので、それぞれの推しの結婚式のかくかくしかじかの場面のここが良かった、泣いた~、みたいな妄想をそれぞれに語るオフというかたちになるようだった。このオフ会のために結婚式に出る想定の服をちゃんと買ったり、もちろん化粧もがっつりやる。だから外からみてると、結婚式帰りにカフェでお茶してるだけにしか見えないみたいなことになるらしい。なお、もちろん現実には推しは別に結婚もなんもしてないのである。
「すげークリエイティブ!!」って褒め称えてたら、いやみんなわりと普通にやってますよ、って言うので、大手ジャンルはやっぱ違うな~って感心した。普通にやってるものなの???
今更だけどネタバレ全開でゾネスイベのことを書くからバレ注意ね。今更だけど。
今日ふいに、なんで大学生の頃の私はネオアトラス2のアマゾネスイベちゃんとクリアしてんかったんだー!!っていうよくわからない悔恨が湧いてた。
もっと若い頃に、ペレトゥにどっぷりはまって延々ペレトゥ萌えしてたかったし、1469の発売を大歓喜とともに迎えたかった!!あああああ!!っていうお気持ち。
2ではまった上で、1469で丁寧にブチ殺されたかったんだよ、げに。げに。
だが、考えてみると2遊んでた時分にもしゾネスイベまで見てたとしても、あらららら~??? これぁ萌えるわねぇ!!かわいいわねぇ!くらいにはなったかもしれないけど、こんな二次創作バカスカ書き始めるほどのツボには入らなかった気もしなくはない。沼に沈むにもタイミングというものがあるような気がする。
そもそもペレスとアブトゥの関係は、2より1469のほうが格段にストーリーとして組み上げてあって、とても用意周到なのだ。特に2から1469へのゾネスイベの改変はめちゃくちゃドラマティックで、2のテキストは堅物のペレスが一方的に突然の恋に落ちるコミカルさがわりと強めに出てた気がするけど、1469では、アブトゥが実は長いことペレスに思いを寄せていたのではないかと思わせる感じがある。それを受けてか、地図エンドでのペレスの述懐も少し深みを増す方向に書き換えられている。
どっちも萌えなので気持ち的にはどっちも採用、なのだが、個人的なゲーム体験の記憶でいうなら、最終的に地図エンドでペレスのコメントにあらわされた精神性の奥行きにみぞおちに衝撃ぶちこまれてダメ押しでこのカプの沼に頭まで沈められたという感触があるので、やはり1469でゾネスイベに遭遇するというのは私にとってはド正解だったんだろうと思う。
とにかく1469ゾネスイべでは、アブトゥの想いの表出はたいへん直裁的だった、と思う(なんであのアブトゥの台詞を聞いておきながら、地図エンドのぽんやり無自覚の恋に狼狽えるペレスが出力されているのか、まったくもって頭を振るしかない気持ちだ)。とはいえ、1469でのペレス・アブトゥがらみのテキストは、2よりはかなりお互いとの関係性に焦点絞っているものの、全体としてはそれでもどこか直接的すぎないよう、ぼんやりほのめかすような、ゆるく連想させるにとどめる部分もある。ペレス落水→ファラオの夢での、ファラオと人魚:ペレスとアブトゥの対比みたいな……もしかしたらそうかも、程度のぼんやりな連結。これもまた、私にとってはとても大好物な塩梅だったなと思う。だから、1469を遊んで初めて、ペレスとアブトゥにはまるというのは、私にとっていくらか必然だったし運命的にそうであったといえるのかもしれないなあ、みたいな、納得の気持ちがある。
……が、ここで我に返って、せめてswitchをもう少し早い段階で入手しておれば、私はあと数年早く1469を遊んでいたかもしれず、とっくに推しカプに出会えていたはずだったという悔いはやっぱり残っているのだ。あああああ。もったいないことしたあ……。
今日ふいに、なんで大学生の頃の私はネオアトラス2のアマゾネスイベちゃんとクリアしてんかったんだー!!っていうよくわからない悔恨が湧いてた。
もっと若い頃に、ペレトゥにどっぷりはまって延々ペレトゥ萌えしてたかったし、1469の発売を大歓喜とともに迎えたかった!!あああああ!!っていうお気持ち。
2ではまった上で、1469で丁寧にブチ殺されたかったんだよ、げに。げに。
だが、考えてみると2遊んでた時分にもしゾネスイベまで見てたとしても、あらららら~??? これぁ萌えるわねぇ!!かわいいわねぇ!くらいにはなったかもしれないけど、こんな二次創作バカスカ書き始めるほどのツボには入らなかった気もしなくはない。沼に沈むにもタイミングというものがあるような気がする。
そもそもペレスとアブトゥの関係は、2より1469のほうが格段にストーリーとして組み上げてあって、とても用意周到なのだ。特に2から1469へのゾネスイベの改変はめちゃくちゃドラマティックで、2のテキストは堅物のペレスが一方的に突然の恋に落ちるコミカルさがわりと強めに出てた気がするけど、1469では、アブトゥが実は長いことペレスに思いを寄せていたのではないかと思わせる感じがある。それを受けてか、地図エンドでのペレスの述懐も少し深みを増す方向に書き換えられている。
どっちも萌えなので気持ち的にはどっちも採用、なのだが、個人的なゲーム体験の記憶でいうなら、最終的に地図エンドでペレスのコメントにあらわされた精神性の奥行きにみぞおちに衝撃ぶちこまれてダメ押しでこのカプの沼に頭まで沈められたという感触があるので、やはり1469でゾネスイベに遭遇するというのは私にとってはド正解だったんだろうと思う。
とにかく1469ゾネスイべでは、アブトゥの想いの表出はたいへん直裁的だった、と思う(なんであのアブトゥの台詞を聞いておきながら、地図エンドのぽんやり無自覚の恋に狼狽えるペレスが出力されているのか、まったくもって頭を振るしかない気持ちだ)。とはいえ、1469でのペレス・アブトゥがらみのテキストは、2よりはかなりお互いとの関係性に焦点絞っているものの、全体としてはそれでもどこか直接的すぎないよう、ぼんやりほのめかすような、ゆるく連想させるにとどめる部分もある。ペレス落水→ファラオの夢での、ファラオと人魚:ペレスとアブトゥの対比みたいな……もしかしたらそうかも、程度のぼんやりな連結。これもまた、私にとってはとても大好物な塩梅だったなと思う。だから、1469を遊んで初めて、ペレスとアブトゥにはまるというのは、私にとっていくらか必然だったし運命的にそうであったといえるのかもしれないなあ、みたいな、納得の気持ちがある。
……が、ここで我に返って、せめてswitchをもう少し早い段階で入手しておれば、私はあと数年早く1469を遊んでいたかもしれず、とっくに推しカプに出会えていたはずだったという悔いはやっぱり残っているのだ。あああああ。もったいないことしたあ……。
なにで検索してたか忘れたけど、なんかでググッてたらたまたま、15世紀末から16世紀前半にリスボンでも仕事してたドイツ商人の日記を邦訳してくださってる紀要論文を見つけて、PDFダウンロードできたので、ありがたく読んでいる。
日記の書き手はアウクスブルグ出身のレームさんという商人なんだけど、子供時代から書き起こして、どんなふうに技能や経験を積んで商人になったか、いつ、どこへ、どれくらいの期間で往来し、どんな仕事をしたか、が簡潔にたくさん書かれてる。
当時の交易の感じが具体的に伝わるので勉強になるのはもちろんだが、そんな堅苦しい感じでなく読める平易な内容で、普通に面白い。
下宿屋の女将がケチすぎて飯がまずいとか、リスボンで商売するのかなり大変だったのでもう二度目はないぜ!と思ってるのに商会からはまたリスボンで一働きしてこいや!て言われて不承不承リスボンに向かったり。と思うと同僚たちと一緒の交易ツアーはなかなか楽しんでたり。まったく現在のサラリーマンな感じに見えて、親しみ持てる。
「<史料>ドイツ中世商人の日記の邦訳(1) : 「ルーカス・レームの日記」(1494-1541年)」(山本 健,敬愛大学国際研究10号,2002年)
(他、〜(7)まで。)
https://keiai.repo.nii.ac.jp/index.php?a...
日記の書き手はアウクスブルグ出身のレームさんという商人なんだけど、子供時代から書き起こして、どんなふうに技能や経験を積んで商人になったか、いつ、どこへ、どれくらいの期間で往来し、どんな仕事をしたか、が簡潔にたくさん書かれてる。
当時の交易の感じが具体的に伝わるので勉強になるのはもちろんだが、そんな堅苦しい感じでなく読める平易な内容で、普通に面白い。
下宿屋の女将がケチすぎて飯がまずいとか、リスボンで商売するのかなり大変だったのでもう二度目はないぜ!と思ってるのに商会からはまたリスボンで一働きしてこいや!て言われて不承不承リスボンに向かったり。と思うと同僚たちと一緒の交易ツアーはなかなか楽しんでたり。まったく現在のサラリーマンな感じに見えて、親しみ持てる。
「<史料>ドイツ中世商人の日記の邦訳(1) : 「ルーカス・レームの日記」(1494-1541年)」(山本 健,敬愛大学国際研究10号,2002年)
(他、〜(7)まで。)
https://keiai.repo.nii.ac.jp/index.php?a...
あっ、あの、こう、えっちなふいんきが書けないのは、別に私がピュアとか潔癖だからってわけではない。自分自身で推しのエロ描写有り作品書きたいって気がほとんどないってだけで、まああと単にその方面の描写筆力がないってのと、とにかく書き慣れてないってのと……世間のエロ有りフィクション全般については、別に嫌いとか見たくもないと言う反発心があるわけではなく、ええ。普通に汚れちまった大人なんで、ええ。(異種族レビュアーズは普通におもろいよね!)(あと文章では多分書けないし書く気もそうまでないけど、絵は、絵ならちょっぴりは。密接触も描けなくは、描きたくなくもな……でもやっぱ描けないよね、まずは画力の貧困がそして強烈な照れが)
ここで延々と書き綴りたい推しカプ萌え語りがあるのだが、思い入れがのめりすぎて全然書けない、いや書けないではなく、いっぱい書きすぎてまとまらなくなってビッグバンのあと無限に拡散していく原子のように明後日の遠くまで行ってしまうのでどうにもならない。
とりあえずこう、私は推しカプに手をつないだりしてほしいし、なんならもう少し密な身体接触だってしていただいてかまわない気でいるんだけど、そう言いながらも一方に、いやそんな、そんな近づかれたらなんか見てるこっちが照れますんで、いやはや……みたいな気持ちもあって、多分二次創作でも手が触れあう程度以上のことを書けない。抱きついたりする場面二次創作でけっこう書いてるじゃんと思ってたけど、よく読んだら大概、物理的身体接触じゃなかった。
とりあえずこう、私は推しカプに手をつないだりしてほしいし、なんならもう少し密な身体接触だってしていただいてかまわない気でいるんだけど、そう言いながらも一方に、いやそんな、そんな近づかれたらなんか見てるこっちが照れますんで、いやはや……みたいな気持ちもあって、多分二次創作でも手が触れあう程度以上のことを書けない。抱きついたりする場面二次創作でけっこう書いてるじゃんと思ってたけど、よく読んだら大概、物理的身体接触じゃなかった。
どうでもいいことだけど忘れないようにメモっておくけど、ミョウガに豚バラ巻いて焼いたやつ、めっちゃくちゃ美味かったからまたミョウガが美味しい時期に作ろう。
レシピは簡単。縦に半分か4分の1に切ったミョウガに豚バラを巻き付けて、フライパンで火が通るまで焼く。今回は焼きながら少し塩こしょうと酒を振り、少し酒蒸し風にして味つけたけど、味つけまるでナシで、焼き上がったあとになんかしらソースとかポン酢とかぶっかけるんでもいいかも。あと、ミョウガは余ったら一緒に焼くと、それはそれでめちゃくちゃ美味いつまみになった。
今日ちょうどヨーグルトの水切ってるタイミングでゆるい水切りヨーグルトがあったから、塩こしょう足してソースにしたんだけど、めちゃくちゃマッチして最高に美味かった。チーズっぽくコクがあるのにあっさりさっぱりな酸っぱさが、豚バラ油のぎとぎとをどうにかしてくれる。豚バラにこのヨーグルトソースめちゃくちゃ合うね!? でもポン酢でも美味しかったかも~。
レシピは簡単。縦に半分か4分の1に切ったミョウガに豚バラを巻き付けて、フライパンで火が通るまで焼く。今回は焼きながら少し塩こしょうと酒を振り、少し酒蒸し風にして味つけたけど、味つけまるでナシで、焼き上がったあとになんかしらソースとかポン酢とかぶっかけるんでもいいかも。あと、ミョウガは余ったら一緒に焼くと、それはそれでめちゃくちゃ美味いつまみになった。
今日ちょうどヨーグルトの水切ってるタイミングでゆるい水切りヨーグルトがあったから、塩こしょう足してソースにしたんだけど、めちゃくちゃマッチして最高に美味かった。チーズっぽくコクがあるのにあっさりさっぱりな酸っぱさが、豚バラ油のぎとぎとをどうにかしてくれる。豚バラにこのヨーグルトソースめちゃくちゃ合うね!? でもポン酢でも美味しかったかも~。
切れた蛍光灯、昼のうちに無事に替えられた。
そして、以前に蛍光灯替えたときに全然電気がつかなくなったスロットがあって、なんか調子悪いんかなとそのスロットの蛍光灯を外したままずっと忘れてたことにやっと気付いた。あれれ、ここ蛍光灯外したまんまだったか~、どうせならこれも新しいのん刺したらどうにかならんかね、と思ってそれも新しい蛍光灯ぶっさしたら、なんの問題もなくあっさり、電気がついた。
蛍光灯4本、やっとそろい踏みで、意気も高く煌々と照る。おお、いと猛き蛍光灯たちよ、力溢れる高ルクスの輝きよ。これがフルパワーの明るさ。部屋が、とても、明るくてまぶし!!!(※本来あるべき明るさに戻りました)
そして、以前に蛍光灯替えたときに全然電気がつかなくなったスロットがあって、なんか調子悪いんかなとそのスロットの蛍光灯を外したままずっと忘れてたことにやっと気付いた。あれれ、ここ蛍光灯外したまんまだったか~、どうせならこれも新しいのん刺したらどうにかならんかね、と思ってそれも新しい蛍光灯ぶっさしたら、なんの問題もなくあっさり、電気がついた。
蛍光灯4本、やっとそろい踏みで、意気も高く煌々と照る。おお、いと猛き蛍光灯たちよ、力溢れる高ルクスの輝きよ。これがフルパワーの明るさ。部屋が、とても、明るくてまぶし!!!(※本来あるべき明るさに戻りました)
フランシスコ・ペレスはそもそもよくある名前なので、検索すると同名さんいっぱい出てくる。ただし大半はスペイン語のPerezさん。
わりと最近な今年4月のニュースでも考古学者フランシスコ・ペレス・ルイス(Francisco Perez Ruiz)さんを見つけた。なんとチチェン・イッツァを掘って、重要遺物を発見したという。
メキシコのINAH(Instituto Nacional de Antropología e Historia、国立歴史人類学研究所)による発掘調査で、サッカーぽい儀礼的球技のスコアボードかもという円盤が出土したという。カラパイアの記事がやたら詳しくまとまってて良かったので貼っておく。
https://karapaia.com/archives/52322098.h...
この発掘調査の主任がペレス教授なのかな。INAHの常任教授で、チチェン・イッツァの発掘に携わってきているらしい。
https://inah.academia.edu/FranciscoP%C3%...
推しとは同名なだけで無関係なのはわかってるけど、チチェン・イッツァだの古代遺跡だのマヤ文字が刻まれた石板だの、かなりネオアトラス世界と近接する話題で、しかもそれを発見したのがフランシスコ・ペレス教授、てとこになんか鼻息荒くなったよね。
いやまあ、ネオアトラス要素にというかほんとのとこ、ウワァこらまたゴッッツイ石板が完形で!というとこに興奮してるのだけども(しかしなにせマヤ文明の遺跡なんで、生贄どうのという、ネオアだとほんわり濁している血なまぐさい話題も紐づいてはくる)
わりと最近な今年4月のニュースでも考古学者フランシスコ・ペレス・ルイス(Francisco Perez Ruiz)さんを見つけた。なんとチチェン・イッツァを掘って、重要遺物を発見したという。
メキシコのINAH(Instituto Nacional de Antropología e Historia、国立歴史人類学研究所)による発掘調査で、サッカーぽい儀礼的球技のスコアボードかもという円盤が出土したという。カラパイアの記事がやたら詳しくまとまってて良かったので貼っておく。
https://karapaia.com/archives/52322098.h...
この発掘調査の主任がペレス教授なのかな。INAHの常任教授で、チチェン・イッツァの発掘に携わってきているらしい。
https://inah.academia.edu/FranciscoP%C3%...
推しとは同名なだけで無関係なのはわかってるけど、チチェン・イッツァだの古代遺跡だのマヤ文字が刻まれた石板だの、かなりネオアトラス世界と近接する話題で、しかもそれを発見したのがフランシスコ・ペレス教授、てとこになんか鼻息荒くなったよね。
いやまあ、ネオアトラス要素にというかほんとのとこ、ウワァこらまたゴッッツイ石板が完形で!というとこに興奮してるのだけども(しかしなにせマヤ文明の遺跡なんで、生贄どうのという、ネオアだとほんわり濁している血なまぐさい話題も紐づいてはくる)
まあまあの頻度で推しの名前でググっている、もちろん新情報を求めて。まず新しい情報がひっかかってくることはないんだけど、今日はgoogle mapにアブトゥ(Abutu)という地名があることに気付いた。地名でもなんでも、推しと同じ固有名詞を見つけるとなんか嬉しくなっちゃうわけよ。いつもながら程度の酷いオタ仕草という自覚はある。
位置はナイジェリア国内、首都アブジャから南南東に120km弱の位置。ニジェール川(の支流ベヌエ川)がわりと近いとはいえ20kmほど離れていて、空撮で見る限りなんもない。道すらない。やや乾燥して見える、ステップ? サバンナ?というものだろうか。密ではない木に覆われた赤っぽい大地にぽつんと地名だけあるような感じの場所だ。
推しとはおそらく一切なんの関係もないけど、なんかこう情報増えた気になる、嬉しい(増えてない) https://goo.gl/maps/Pd8QrxDLpF7uYMZ58
位置はナイジェリア国内、首都アブジャから南南東に120km弱の位置。ニジェール川(の支流ベヌエ川)がわりと近いとはいえ20kmほど離れていて、空撮で見る限りなんもない。道すらない。やや乾燥して見える、ステップ? サバンナ?というものだろうか。密ではない木に覆われた赤っぽい大地にぽつんと地名だけあるような感じの場所だ。
推しとはおそらく一切なんの関係もないけど、なんかこう情報増えた気になる、嬉しい(増えてない) https://goo.gl/maps/Pd8QrxDLpF7uYMZ58
新之助、ベリーベリー美味い!! ミルキークイーンはモチモチと甘さがすごかったけど、それが逆にクセとも言える気がしたところ、新之助はそこらのバランスがもっとこう、ちょうど良くてすごい。見た目は普段使いっぽいのに着心地バツグンの、ホンモノの高級カシミヤのマフラー(※着けたことないのに言ってる)……みたいな感じがする。クドくない。さらりと最適解。上善如水。
むかーし、新潟に研修旅行行ったときに食べた、この世で私が味わった中で一番うまかった米飯、未だに揺るがぬナンバーワンのあの白米を少し思い出した。泊まった旅館の料理がとにかくなんでもかんでもすごく美味くて、なかでも米がほんとにヤバい経験したことのないうまさで、米の飯だけでいっぱい食べたいけどおかずも軒並み小鉢まで含めて全部全部おいしすぎるので、食べてたらお腹いっぱいになって米の飯がもう入らない、それが本当に悲しい気持ちにすらなった、あの天国の食事みたいな米……あれの面影があるってだけでちょっとすごい。
むかーし、新潟に研修旅行行ったときに食べた、この世で私が味わった中で一番うまかった米飯、未だに揺るがぬナンバーワンのあの白米を少し思い出した。泊まった旅館の料理がとにかくなんでもかんでもすごく美味くて、なかでも米がほんとにヤバい経験したことのないうまさで、米の飯だけでいっぱい食べたいけどおかずも軒並み小鉢まで含めて全部全部おいしすぎるので、食べてたらお腹いっぱいになって米の飯がもう入らない、それが本当に悲しい気持ちにすらなった、あの天国の食事みたいな米……あれの面影があるってだけでちょっとすごい。
ちょうど今、新しく買った米を炊いてるんだけど、新之助ってやつ。
前にミルキークイーンを買ってみて、モチモチ感すげくて甘みすげくて、なんかすげえ!って職場で興奮気味に話したら、職場の経験豊富なマダムに、最近は「新之助」っていうもっとヤバいブツがあるんだぜ……と微笑まれたので、マジで!?ってなってからずっと気になってた、その新之助。買っちゃったんだ。
そんで炊いてるんだけど(電気炊飯器置く場所ないのでいつも鍋で炊いてる)、沸騰してブシュワッ!てなったあと火を弱めても、なんか聞いたことのない生き生きしたツブツブ音が続いてて……えっ、これは……いつも通り炊いてるはずなのにこんな音……はじめて……って、早くもトゥンク……ッってなってる。まあ単に、水の量とか間違ってるだけかもしんないんだけど。水、いつも目分量で適当に入れるから、炊き上がりが毎回だいぶ違うんだよね~(適当) あんまり米の味にこだわりとかあるわけじゃないから普段は適当に安めの米を買ってるんだけど、ちょっと奮発したミルキークイーンはたしかにモチモチ美味くてすげえな!ってなったので、新之助にも期待しちゃう。
前にミルキークイーンを買ってみて、モチモチ感すげくて甘みすげくて、なんかすげえ!って職場で興奮気味に話したら、職場の経験豊富なマダムに、最近は「新之助」っていうもっとヤバいブツがあるんだぜ……と微笑まれたので、マジで!?ってなってからずっと気になってた、その新之助。買っちゃったんだ。
そんで炊いてるんだけど(電気炊飯器置く場所ないのでいつも鍋で炊いてる)、沸騰してブシュワッ!てなったあと火を弱めても、なんか聞いたことのない生き生きしたツブツブ音が続いてて……えっ、これは……いつも通り炊いてるはずなのにこんな音……はじめて……って、早くもトゥンク……ッってなってる。まあ単に、水の量とか間違ってるだけかもしんないんだけど。水、いつも目分量で適当に入れるから、炊き上がりが毎回だいぶ違うんだよね~(適当) あんまり米の味にこだわりとかあるわけじゃないから普段は適当に安めの米を買ってるんだけど、ちょっと奮発したミルキークイーンはたしかにモチモチ美味くてすげえな!ってなったので、新之助にも期待しちゃう。
昨日は伯母と母と三人で、親戚のばあの見舞いに行ってきた。感染症対策で病院は基本は面会禁止(ばあは危篤の状態なので、親族ということで入れた)で、祝日で外来もなかったのでフロアはどこもひっそりしていて不思議な感じだった。
ばあは苦しそうな感じはなくただ眠っているようだったが、人工呼吸器がないと呼吸はできないし意識はない。顔見て手をさする程度のことで長居もしなかった。そもそも病院立ち入り者が厳重に管理されてる状態なので長っ尻なんてできない雰囲気。見舞いはみじかくさっと切り上げて、三人でお茶したりしながら、ゆるゆると親族があつまるばあの家に戻った(母と伯母はこのばあの家に泊まっている)。
行ってみると、各所から続々集まってきたばあの子孫の数がたいへん多くて、いやこの狭い家にみんなよう収まっとるなという人口密度だった。ばあにとってひ孫世代に当たる小さい子も山盛りいて、とんでもないカオス。元気を持て余した幼児たちは、ずっと走ってるしずっとしゃべってる。さすがにくたびれてたので、挨拶程度でさっさと帰ってきた。とはいえ、久々に会う親族もいて、ちょっと話をした。
ばあの孫世代の中では一番年かさで、私より二つ三つばかり年下の子も遠方から来ていた。彼女に子供が居るのは知ってて、確か上の子は二十歳越えてたはずと思いながら、今は子供達どうしてるのと尋ねたら、上の子はもう赤ん坊が生まれてて孫がいるって! ふええええ、孫ォ! ばあにとって玄孫にあたる世代がすでにいるということだ。まあ良かった良かったという気持ち。孫がいるとはいえこの子もまだ四十代にさしかかったくらいのはずで、見た目はまったくおばあちゃんの雰囲気ではないが、しっかり子供育て上げたわけで、もうなんていうか、立派だなあ。
ばあは苦しそうな感じはなくただ眠っているようだったが、人工呼吸器がないと呼吸はできないし意識はない。顔見て手をさする程度のことで長居もしなかった。そもそも病院立ち入り者が厳重に管理されてる状態なので長っ尻なんてできない雰囲気。見舞いはみじかくさっと切り上げて、三人でお茶したりしながら、ゆるゆると親族があつまるばあの家に戻った(母と伯母はこのばあの家に泊まっている)。
行ってみると、各所から続々集まってきたばあの子孫の数がたいへん多くて、いやこの狭い家にみんなよう収まっとるなという人口密度だった。ばあにとってひ孫世代に当たる小さい子も山盛りいて、とんでもないカオス。元気を持て余した幼児たちは、ずっと走ってるしずっとしゃべってる。さすがにくたびれてたので、挨拶程度でさっさと帰ってきた。とはいえ、久々に会う親族もいて、ちょっと話をした。
ばあの孫世代の中では一番年かさで、私より二つ三つばかり年下の子も遠方から来ていた。彼女に子供が居るのは知ってて、確か上の子は二十歳越えてたはずと思いながら、今は子供達どうしてるのと尋ねたら、上の子はもう赤ん坊が生まれてて孫がいるって! ふええええ、孫ォ! ばあにとって玄孫にあたる世代がすでにいるということだ。まあ良かった良かったという気持ち。孫がいるとはいえこの子もまだ四十代にさしかかったくらいのはずで、見た目はまったくおばあちゃんの雰囲気ではないが、しっかり子供育て上げたわけで、もうなんていうか、立派だなあ。
連休前半に入ったっぽい。が、なんとかギリギリ4月中にやらんといけん仕事は間に合ったが、ギリギリすぎて5/1-2にあれこれ細かい残務処理などせないかんことに。土日休んだら月火は普通に出勤ということだ。GW前半と後半とを有休で繋いで大連休を錬成するは叶わず。まあ休み取ろうってつもり別になかったんだけど、ひょっとしたらあわよくばの気持ち、ちょっとはなくもなかったね、でもまあ普通に無理だったね
2023.04.28 21:59:11 編集
日記、なんだけど、だいぶ長い。ごく個人的な、身内の思い出をつらつら綴ってある。自分のために書き留めたやつ。まあ、見る人とかほぼいないこの場所だから、人目を気にせず書いておこう。なんでも、心内に響くものごとを書きあらわしておくのは、私のどうにも抜きがたい性分なのだから。
つきあいが深い親族のおばさん(といっても高齢なので、世間的にはだいぶなおばあちゃん)が脳梗塞で倒れたということで、母が私の在所に飛行機に飛び乗ってやってきた。私も、おばさんの家に顔を出してきた。おばさんは病院のICUにいるのだが、昨今の感染症対策で面会は厳しかろうと私は病院にはいかず、集まってきたおばさんの子や孫たちにだけ挨拶してきた。母は病院にかけつけ、運良く面会はできたようであるが、意識は全くない状態で、自発呼吸もできないので人工呼吸器を繋がれているという話だった。おそらく、意識が戻る見込みはないという。
倒れた人は90歳を超える高齢ではある。血縁からいえば母のいとこにあたるのだが、年齢は親子ほどに離れている。母が生まれた頃にこの人は結婚したばかりで、母の家の近所に若夫婦で住んでいた。母の実家は漁師で、男衆が魚を獲り祖母が店で売る、という家だったのだが、このおばさんも旦那が漁師で、おばさんは魚の行商をしていた。行商をしていた頃の思い出話をわりと近年に、雑談のなかでなんとなく聞かせてもらったことがある。頭に、たらいと魚、まな板と包丁とを一揃い載せ、峠一つ超えて隣の集落まで魚を売りに歩いたとか、そんな話だった。
子沢山の家の末っ子に生まれた母は、当時の母家庭の家計が火の車で祖父母が忙しかったこともあり、あまりかまいつけられずに育っていたのだが、そんな母の日々の面倒を見てくれたのがこのおばさんだった。おばさんの長男は母の2つ下で、母は弟のように認識しているのだが、その子と一緒に育てられたような感じだった、と母は言う。小学生の頃の母は毎夕、晩飯は当たり前のようにこのおばさんのところで食べていたとか。母にとってこのおばさんは、実母である祖母以上に親しい存在であるようだった。
私も、大学以降この地域に住んでから、とても世話になった。おばさんは、私を孫の一人のようにみなしてくれていて、盆と正月に顔を見せないと「来んね〜!」と電話が来るから、毎年2回はこのおばあさんに会いに行き、手土産にはおばさんの作ったごちそうの山の一部が折箱にみっしりつめられたやつを、持てるだけ持たされて帰るのだ。そんなふうに会う折々に、おばさんの思い出をあれこれと聞いた。物覚えの良い人なので、いろいろな話を持っていた。
幼い頃、母親につれられて田舎の離島から船に乗って都会に出かけ、芝居やら映画やらを見たこと。小学生の頃、おばあさんが住んでいた離島にはうさぎがいっぱいいて、小学校の校庭にうさぎが現れたから追いかけた話とか(どうやら食べる考えだったようである。リアルにうさぎ美味しいかの山だな、と思いながら話を聞いた)。その小学校の校庭に特攻隊の飛行機が不時着して、集落のかみさんたちが炊き出しで握り飯を山盛り作って風呂敷に包んで持たせたら兵隊さんは深々と礼をして飛行機に乗った、それを見送った話とか。戦後すぐ、島々のあいだの移動は禁じられていたが闇で渡し船があって、当時まだ16、7という年齢だったおばさんは、芋の一袋を運賃に、島々伝いに別の島まで渡ったという話とか。渡し船は監視船に見つからないように夜の間だけ動き、小さい島々の影に隠れるように数日かけて移動した。そうやっておばさんは、血縁のある私の祖母を頼って島を出て、魚の行商を生活のたつきとするようになったのだった。
幼い頃にかかった麻疹かなにかで昔から耳が遠くはあったが、心身ともに頑健な人だった。というか、大の病院嫌いなので、腕を骨折しても痛みをこらえて自然治癒にまかせるような人だった(骨折は、80代になってからのことだ)。しかしとにかく頭の回転も早ければ記憶力も良い人で、それはずっと変わらなかった。親族の誰だれは何歳で干支がなにか、曾孫の誕生日までも逐一覚えていて、入学や卒業の歳、法事の歳を細かにしっかり把握し、まめに祝儀や見舞いを送るのだった。
このおばさんもさすがに膝が弱り、この2、3年は台所に立つのが難儀になって料理をできなくなったが、それまでは毎年、盆正月には山盛りのごちそうを自らこさえていた。料理上手で、自分でもそれを誇りとしていた。地域の伝統的な料理の味わいや下ごしらえというものや、その他にもあれこれのちょっとした習俗習慣を、このおばさんの生活にたまに顔を出すことによって、私は断片的ながら触れさせてもらった。一方で、おばさんの娘によれば惣菜屋で働いてた時期もあるといい、そこでおぼえたマッシュポテトだのサラダだの、モダンな料理もささっと作れる人だった。だが、焼き物だけは、彼女の伝統的な調理感覚と合わず、なんでも揚げ焼きにした(こちらの伝統的方言では、「焼く」というのは、油で揚げることを意味するのだ)。さんまもホッケも、なんであれ魚を焼いてくれと頼むと、それはカリカリに揚げられた唐揚げになって出てきた。
新型コロナの拡大で、2年ほどの間、顔を出すのを遠慮していた。去年辺りからぼちぼち、短時間ながら顔を出すのを再開はしていたが、長いこと会えない間におばさんは少しだけ老けたし耳も余計に遠くなってはいた。それでもあいかわらず達者だった。
ついこの間、4月のはじめに、母がこちらに来ていておばさんのとこにいるというので、私も顔を出して会ってきたばかりだった。会ってみたら胸元いっぱい大きな青黒い痣をこさえていてびっくりしたが、最近足がだいぶ悪くなっていて、部屋の中で躓いて真正面からこけてしまったのだという。幸いに骨折はしていなかったということだったが、胸元に大きくできた打ち身の痛みで呼吸するたびにしんどかったので、さすがのおばさんも、近くに住む孫たちの手配で大嫌いな病院にかかり痛み止めをもらったのだとか。痛み止めのお陰で睡眠も取れたせいか、おばさんはわりとケロッとした顔だった。「どうする〜○○ちゃん、おばは年取って、もうこんなだよ、どうしようかね」と、顔を合わせるといつも言うような文句はひとくさり言っていたが、へこたれている気配ではなかった。
それから一月も経たない。倒れてもう意識が戻らない、というのはどうにも急なことで、虚を衝かれた気持ちはある。
おばさんは、必ずしも温厚というわけでもなく、抜け目のない部分もあるし、頑固なところもあるのだが、とにかく情の厚い人だった。
おばさんは団地に住んでいるのだが、私が帰るとき、玄関から私を送り出したあと、今度はベランダに出て、私の姿がバス停までの道を折れて見えなくなるまで見送っているらしかった。それもさすがに近年は足腰の弱りでやってなかったとは思うが、結構最近まで、毎度そんなふうだったのである。
今日、おばさんの家に集まったおばさんの子孫たちや母と、和気あいあいと笑いもしながら、またしんみりともなりながら、あれこれゆっくり話をし、帰ろうねとその家を出て、バス停まで歩く道すがら、おばさんがいつもベランダから見守ってくれてたんだな、と思い出していた。その人は今はもうその家にいない。病院のベッドに寝ていて、彼女の意識には帳が降りたままで、その帳は、私にも垣間見えていたおばさんの生きてきた長い年月とおばさんの世界とをまるごと閉ざしてしまった。いつかは来ることと思っていたけれど、ついに閉じてしまったその世界を、悲しいとか寂しいとは思わないでおこう、ただ懐かしむように思い出そう、そうしたいんだと、そんなことを考えながらバス停までのいつもの道を歩いた。
つきあいが深い親族のおばさん(といっても高齢なので、世間的にはだいぶなおばあちゃん)が脳梗塞で倒れたということで、母が私の在所に飛行機に飛び乗ってやってきた。私も、おばさんの家に顔を出してきた。おばさんは病院のICUにいるのだが、昨今の感染症対策で面会は厳しかろうと私は病院にはいかず、集まってきたおばさんの子や孫たちにだけ挨拶してきた。母は病院にかけつけ、運良く面会はできたようであるが、意識は全くない状態で、自発呼吸もできないので人工呼吸器を繋がれているという話だった。おそらく、意識が戻る見込みはないという。
倒れた人は90歳を超える高齢ではある。血縁からいえば母のいとこにあたるのだが、年齢は親子ほどに離れている。母が生まれた頃にこの人は結婚したばかりで、母の家の近所に若夫婦で住んでいた。母の実家は漁師で、男衆が魚を獲り祖母が店で売る、という家だったのだが、このおばさんも旦那が漁師で、おばさんは魚の行商をしていた。行商をしていた頃の思い出話をわりと近年に、雑談のなかでなんとなく聞かせてもらったことがある。頭に、たらいと魚、まな板と包丁とを一揃い載せ、峠一つ超えて隣の集落まで魚を売りに歩いたとか、そんな話だった。
子沢山の家の末っ子に生まれた母は、当時の母家庭の家計が火の車で祖父母が忙しかったこともあり、あまりかまいつけられずに育っていたのだが、そんな母の日々の面倒を見てくれたのがこのおばさんだった。おばさんの長男は母の2つ下で、母は弟のように認識しているのだが、その子と一緒に育てられたような感じだった、と母は言う。小学生の頃の母は毎夕、晩飯は当たり前のようにこのおばさんのところで食べていたとか。母にとってこのおばさんは、実母である祖母以上に親しい存在であるようだった。
私も、大学以降この地域に住んでから、とても世話になった。おばさんは、私を孫の一人のようにみなしてくれていて、盆と正月に顔を見せないと「来んね〜!」と電話が来るから、毎年2回はこのおばあさんに会いに行き、手土産にはおばさんの作ったごちそうの山の一部が折箱にみっしりつめられたやつを、持てるだけ持たされて帰るのだ。そんなふうに会う折々に、おばさんの思い出をあれこれと聞いた。物覚えの良い人なので、いろいろな話を持っていた。
幼い頃、母親につれられて田舎の離島から船に乗って都会に出かけ、芝居やら映画やらを見たこと。小学生の頃、おばあさんが住んでいた離島にはうさぎがいっぱいいて、小学校の校庭にうさぎが現れたから追いかけた話とか(どうやら食べる考えだったようである。リアルにうさぎ美味しいかの山だな、と思いながら話を聞いた)。その小学校の校庭に特攻隊の飛行機が不時着して、集落のかみさんたちが炊き出しで握り飯を山盛り作って風呂敷に包んで持たせたら兵隊さんは深々と礼をして飛行機に乗った、それを見送った話とか。戦後すぐ、島々のあいだの移動は禁じられていたが闇で渡し船があって、当時まだ16、7という年齢だったおばさんは、芋の一袋を運賃に、島々伝いに別の島まで渡ったという話とか。渡し船は監視船に見つからないように夜の間だけ動き、小さい島々の影に隠れるように数日かけて移動した。そうやっておばさんは、血縁のある私の祖母を頼って島を出て、魚の行商を生活のたつきとするようになったのだった。
幼い頃にかかった麻疹かなにかで昔から耳が遠くはあったが、心身ともに頑健な人だった。というか、大の病院嫌いなので、腕を骨折しても痛みをこらえて自然治癒にまかせるような人だった(骨折は、80代になってからのことだ)。しかしとにかく頭の回転も早ければ記憶力も良い人で、それはずっと変わらなかった。親族の誰だれは何歳で干支がなにか、曾孫の誕生日までも逐一覚えていて、入学や卒業の歳、法事の歳を細かにしっかり把握し、まめに祝儀や見舞いを送るのだった。
このおばさんもさすがに膝が弱り、この2、3年は台所に立つのが難儀になって料理をできなくなったが、それまでは毎年、盆正月には山盛りのごちそうを自らこさえていた。料理上手で、自分でもそれを誇りとしていた。地域の伝統的な料理の味わいや下ごしらえというものや、その他にもあれこれのちょっとした習俗習慣を、このおばさんの生活にたまに顔を出すことによって、私は断片的ながら触れさせてもらった。一方で、おばさんの娘によれば惣菜屋で働いてた時期もあるといい、そこでおぼえたマッシュポテトだのサラダだの、モダンな料理もささっと作れる人だった。だが、焼き物だけは、彼女の伝統的な調理感覚と合わず、なんでも揚げ焼きにした(こちらの伝統的方言では、「焼く」というのは、油で揚げることを意味するのだ)。さんまもホッケも、なんであれ魚を焼いてくれと頼むと、それはカリカリに揚げられた唐揚げになって出てきた。
新型コロナの拡大で、2年ほどの間、顔を出すのを遠慮していた。去年辺りからぼちぼち、短時間ながら顔を出すのを再開はしていたが、長いこと会えない間におばさんは少しだけ老けたし耳も余計に遠くなってはいた。それでもあいかわらず達者だった。
ついこの間、4月のはじめに、母がこちらに来ていておばさんのとこにいるというので、私も顔を出して会ってきたばかりだった。会ってみたら胸元いっぱい大きな青黒い痣をこさえていてびっくりしたが、最近足がだいぶ悪くなっていて、部屋の中で躓いて真正面からこけてしまったのだという。幸いに骨折はしていなかったということだったが、胸元に大きくできた打ち身の痛みで呼吸するたびにしんどかったので、さすがのおばさんも、近くに住む孫たちの手配で大嫌いな病院にかかり痛み止めをもらったのだとか。痛み止めのお陰で睡眠も取れたせいか、おばさんはわりとケロッとした顔だった。「どうする〜○○ちゃん、おばは年取って、もうこんなだよ、どうしようかね」と、顔を合わせるといつも言うような文句はひとくさり言っていたが、へこたれている気配ではなかった。
それから一月も経たない。倒れてもう意識が戻らない、というのはどうにも急なことで、虚を衝かれた気持ちはある。
おばさんは、必ずしも温厚というわけでもなく、抜け目のない部分もあるし、頑固なところもあるのだが、とにかく情の厚い人だった。
おばさんは団地に住んでいるのだが、私が帰るとき、玄関から私を送り出したあと、今度はベランダに出て、私の姿がバス停までの道を折れて見えなくなるまで見送っているらしかった。それもさすがに近年は足腰の弱りでやってなかったとは思うが、結構最近まで、毎度そんなふうだったのである。
今日、おばさんの家に集まったおばさんの子孫たちや母と、和気あいあいと笑いもしながら、またしんみりともなりながら、あれこれゆっくり話をし、帰ろうねとその家を出て、バス停まで歩く道すがら、おばさんがいつもベランダから見守ってくれてたんだな、と思い出していた。その人は今はもうその家にいない。病院のベッドに寝ていて、彼女の意識には帳が降りたままで、その帳は、私にも垣間見えていたおばさんの生きてきた長い年月とおばさんの世界とをまるごと閉ざしてしまった。いつかは来ることと思っていたけれど、ついに閉じてしまったその世界を、悲しいとか寂しいとは思わないでおこう、ただ懐かしむように思い出そう、そうしたいんだと、そんなことを考えながらバス停までのいつもの道を歩いた。
仕事で書いてた文にたまたま民謡の歌詞を引用したいとこがあって、なんの気なしに〽を使ったら、校正頼んだ上司(同世代)にもさらに上の上司(だいぶ年上)にも通じなくて、いやいや昭和世代ならテレビのテロップとかどっかで見かけとるでしょ?!て訴えても誰にも伝わらず、より若い世代である平成キッズは当然にご存じなくて、それはしょうがないけど同世代まで誰も分からんとか嘘やろ!?!てアワアワしてた。世代差だとかそんなチャチなもんじゃあねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
あとで別の同世代同僚に聞いたら、忘れてたけどそんなんあったね〜!てなったので、まちがっても私だけが知ってる謎の記号とかではないはず。ほんと誰も知らなくてびっくり、どころか少し怖かったわ。あんなに誰にも理解されないはずがない、だいぶ当たり前に使う記号だと思ってたので……
まあ確かに、考えてみれば近年とんと見かけてないなあこの記号……とは思ったのだが、こんなに認知度低いとは思っておらなく。気がつかないうちにこんなふうに自然に廃れて忘れられてくってこと、意外とたくさんあるのかもなあ
あとで別の同世代同僚に聞いたら、忘れてたけどそんなんあったね〜!てなったので、まちがっても私だけが知ってる謎の記号とかではないはず。ほんと誰も知らなくてびっくり、どころか少し怖かったわ。あんなに誰にも理解されないはずがない、だいぶ当たり前に使う記号だと思ってたので……
まあ確かに、考えてみれば近年とんと見かけてないなあこの記号……とは思ったのだが、こんなに認知度低いとは思っておらなく。気がつかないうちにこんなふうに自然に廃れて忘れられてくってこと、意外とたくさんあるのかもなあ
(サンジョルディの日とミゲルのネタ、うっかりツイッターで連ツイしちゃったけど、ネタバレもしてたし、最初からこっちに書いておけばよかったかと思ったのでコピペしとく。ツイッターのほうは削除)
以前、大航海のやつでツイッター検索してた時、航海士として登場するセルバンテス(名前がミゲル)に触れて、ネオアのミゲルのモデルかな?と呟いているツイートを見かけたことがあるけど、ほんとに関係あるかも。ミゲルの名字パサモンテなんだよね
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%...
『ドン・キホーテ』のヒットにあやかり勝手に続編が出されるんだけど、その作者Avellanedaは、本名Jerónimo de Pasamonteではないかという説があるらしい。パサモンテは、レパントの海戦などいくつかセルバンテスと同じ戦に参加し、同時期に捕虜になった経歴があり、知り合いかもしれないという。
ネオアのミゲルの名字が明らかになるのは1469の博物図鑑エンドでの話なので(※図鑑エンド堂々とネタバレごめんなさい)2や3のときまではそういう設定はなかったのかもしれない。後からこっそり関連ネタが仕込まれたのかなあ。こう、地味に仕込んでくるとこ……好き!
以前、大航海のやつでツイッター検索してた時、航海士として登場するセルバンテス(名前がミゲル)に触れて、ネオアのミゲルのモデルかな?と呟いているツイートを見かけたことがあるけど、ほんとに関係あるかも。ミゲルの名字パサモンテなんだよね
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%...
『ドン・キホーテ』のヒットにあやかり勝手に続編が出されるんだけど、その作者Avellanedaは、本名Jerónimo de Pasamonteではないかという説があるらしい。パサモンテは、レパントの海戦などいくつかセルバンテスと同じ戦に参加し、同時期に捕虜になった経歴があり、知り合いかもしれないという。
ネオアのミゲルの名字が明らかになるのは1469の博物図鑑エンドでの話なので(※図鑑エンド堂々とネタバレごめんなさい)2や3のときまではそういう設定はなかったのかもしれない。後からこっそり関連ネタが仕込まれたのかなあ。こう、地味に仕込んでくるとこ……好き!
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>のぐちさん
日が経ってしまってすみません
らくがきに反応いただいちゃった!めっちゃ嬉!!
雑ならくがきではあるけど、地図エンドで抱いたペレスとアブトゥの関係性についての印象(と、2と1469での違い)をそれなりに表せた気がして描けてよかったなって思ってたので、のぐちさんに反応頂いたのとても嬉しい&ありがたいです。
そのうえ、のぐちさんの書いて下さったコメントが逐一どんぴしゃで!
毎度ながら的確に汲んでいただいてなんとお礼を申し上げたらよいか。
とにもかくにも2でも1469でも、ペレスとアブトゥは最高の両片思いカップルですよね!!! 同志の先達カプ推し者がいてくださることが本当に幸いです。
(ところで自分の絵について語るのみっともないことと思いつつ書いちゃうんですが、個人的にここ結構うまく描けたなって思ってるの1469ペレとトゥの、手の距離感ですね!!!! あとちょっとズレたらふとつないじゃいそうで、でもまだまだ決定的なその距離を詰めるに至ってない、そんな感じの地図エンド、スレスレのバランスを保ってる両片思い感、が私は大!好!物!です!! ……と叫びたいだけのお話でした)