雑記
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おとといというか昨日というか、の酔っぱらい書き込みはまあ普通に酔っぱらい書き込みなんだけど、どういう酔っぱらいかというと、友人たちとリゾートホテルお泊まりでの持ち寄り飲み会があり、楽しくおしゃべりまくりながら深夜までぐだぐだ飲んでいたのだがこのノリでオタクの話も山盛りしてえんだよう、でも友人達はネオアトミリしらなのでできないのだ……というお気持ちの表明だった。
ホテル泊なのは、友人の一人がホテルの無料チケットをもらったので、これでホテルに泊まって飲もう、泊まりなので運転担当も飲めるし……という経緯。観光地に住んでるけど地元民ゆえになかなかリゾートホテル泊まるってことはないので、自腹ではなかなか泊まらんゆったりしたホテルに泊まり、ちょっと高級なつまみや酒などを買い出しに行って、部屋でベッドとかを腰掛けにしながらごちそう広げて、時間もなんも気にせんで好きに酒飲んでしゃべって、とても楽しかったのである。朝ご飯ビュッフェとかもリッチだった。終始キャッキャしてきた。
飲みのときも、ぐだぐだどーでもいいことを話していて……おしゃさまというのはオシラサマなんだけど、これをご当地のことばでは「おっしゃさま」のように発音するらしく(酔っぱらいなので打ち込み間違えてぉしゃさまになっているが)おっしゃさまをめぐる民俗誌が面白そうすぎたので東北のあのへんに旅行に行きてえんだよお、と私が熱く語っていたという話である。
オタクの活動をしていることは職場でもオープンにしているくらいなので、当然友人たちにも知れ渡っている。なんならおっしゃさま語りのノリで、誰もわからん謎ゲームのキャラ萌え語りを繰り広げたってもまあまあ温かく見守ってもらえると思うんだけど、さすがにねえ。
萌え語りって、対象作品ミリしらな人はもちろんだけど、知っててもキャラ萌えしてない人にとってもめちゃくちゃ退屈というか、反応に困るだろうからね……。あと私のヘキと欲望むき出しになっちゃうだし……。
それでも、まあ本音では、推しと推しカプのこういうとこが尊くてさあ!って叫びたいときがあるし、飲んでへろへろしたらそれも叫びたい、そいうのはやっぱりある、あるけどできん、社会性を捨てることはできないのでな。しょうがないのでネットとかに独り言で吐き出してるわけだが……飲んで喋り倒したい~。し酔っぱらった同好の萌え語りを聞きたい~。みたいな変な欲がちょっとある。
今気付いたけど、冒頭から「よっばらい」とか書いてるな……ほんと酔っぱらいだったんだな……
写真は、ド散らかってるけどカルディとかで買ったつまみとかポートワインとかを広げてるさま。もう一枚は、昼間に見に行ってきた海獣展のクジラの骨。

ホテル泊なのは、友人の一人がホテルの無料チケットをもらったので、これでホテルに泊まって飲もう、泊まりなので運転担当も飲めるし……という経緯。観光地に住んでるけど地元民ゆえになかなかリゾートホテル泊まるってことはないので、自腹ではなかなか泊まらんゆったりしたホテルに泊まり、ちょっと高級なつまみや酒などを買い出しに行って、部屋でベッドとかを腰掛けにしながらごちそう広げて、時間もなんも気にせんで好きに酒飲んでしゃべって、とても楽しかったのである。朝ご飯ビュッフェとかもリッチだった。終始キャッキャしてきた。
飲みのときも、ぐだぐだどーでもいいことを話していて……おしゃさまというのはオシラサマなんだけど、これをご当地のことばでは「おっしゃさま」のように発音するらしく(酔っぱらいなので打ち込み間違えてぉしゃさまになっているが)おっしゃさまをめぐる民俗誌が面白そうすぎたので東北のあのへんに旅行に行きてえんだよお、と私が熱く語っていたという話である。
オタクの活動をしていることは職場でもオープンにしているくらいなので、当然友人たちにも知れ渡っている。なんならおっしゃさま語りのノリで、誰もわからん謎ゲームのキャラ萌え語りを繰り広げたってもまあまあ温かく見守ってもらえると思うんだけど、さすがにねえ。
萌え語りって、対象作品ミリしらな人はもちろんだけど、知っててもキャラ萌えしてない人にとってもめちゃくちゃ退屈というか、反応に困るだろうからね……。あと私のヘキと欲望むき出しになっちゃうだし……。
それでも、まあ本音では、推しと推しカプのこういうとこが尊くてさあ!って叫びたいときがあるし、飲んでへろへろしたらそれも叫びたい、そいうのはやっぱりある、あるけどできん、社会性を捨てることはできないのでな。しょうがないのでネットとかに独り言で吐き出してるわけだが……飲んで喋り倒したい~。し酔っぱらった同好の萌え語りを聞きたい~。みたいな変な欲がちょっとある。
今気付いたけど、冒頭から「よっばらい」とか書いてるな……ほんと酔っぱらいだったんだな……
写真は、ド散らかってるけどカルディとかで買ったつまみとかポートワインとかを広げてるさま。もう一枚は、昼間に見に行ってきた海獣展のクジラの骨。


小山遊園地って、もう二十年も前に閉業してたの……
いやなんとなく、CMの「おや〜ま ゆ〜えんち〜」の響きをふと思い出して検索したらとっくになくなってた。なんなら1990年代に一度破産しとった。肝心の園にはまあ行ったことはないんだけど(遊園地に憧れはあったが、行ったら行ったでなにしていいか、楽しみ方があまりよくわかってなかったため反応がイマイチになりがちで、親も強いて連れて行きたがりはしなかった)、なんとなくしょん……となった。
なにせ昭和の後半に関東に生まれ育った者なので、子供の頃には小山遊園地のCMわりとよく見かけてた記憶なんだけど、けっこう遊園地って潰れるもんなんだねえ。今となってはとしまえんすらもう存在してないんだもんな。
子供の頃の私には、遊園地ってのは、どこかすごく遠くにあるけど、そこは永遠に楽しくいろんな機械が作動してて、いつでも親子連れやカップルやらで満ち溢れてわいわいと賑やかな楽園みたいなイメージだったんだけど、それはものすごいファンタジーでしかなかったんだよな、すごく子供時代らしい世界観だけど。こういうの、しみじみ考えてると地味に深い衝撃だよ。
ところで全然話変わるけど、爪切りは結局昨日は買いに行き忘れて、今日やっと買ってきた。
新しい爪切りはごく普通の爪切りで、前の爪切りと多分ほぼ同じ形状(メーカー一緒かも)なんだけど、さすがに新品、刃の切れ味が鋭くて、あまりにさくさく爪が切れるので深爪しそうで怖いくらいだった。前の爪切り、だいぶ刃が傷んでたのね。まあ二十年近く使ってたからそらそうか、なんだけど。
いやなんとなく、CMの「おや〜ま ゆ〜えんち〜」の響きをふと思い出して検索したらとっくになくなってた。なんなら1990年代に一度破産しとった。肝心の園にはまあ行ったことはないんだけど(遊園地に憧れはあったが、行ったら行ったでなにしていいか、楽しみ方があまりよくわかってなかったため反応がイマイチになりがちで、親も強いて連れて行きたがりはしなかった)、なんとなくしょん……となった。
なにせ昭和の後半に関東に生まれ育った者なので、子供の頃には小山遊園地のCMわりとよく見かけてた記憶なんだけど、けっこう遊園地って潰れるもんなんだねえ。今となってはとしまえんすらもう存在してないんだもんな。
子供の頃の私には、遊園地ってのは、どこかすごく遠くにあるけど、そこは永遠に楽しくいろんな機械が作動してて、いつでも親子連れやカップルやらで満ち溢れてわいわいと賑やかな楽園みたいなイメージだったんだけど、それはものすごいファンタジーでしかなかったんだよな、すごく子供時代らしい世界観だけど。こういうの、しみじみ考えてると地味に深い衝撃だよ。
ところで全然話変わるけど、爪切りは結局昨日は買いに行き忘れて、今日やっと買ってきた。
新しい爪切りはごく普通の爪切りで、前の爪切りと多分ほぼ同じ形状(メーカー一緒かも)なんだけど、さすがに新品、刃の切れ味が鋭くて、あまりにさくさく爪が切れるので深爪しそうで怖いくらいだった。前の爪切り、だいぶ刃が傷んでたのね。まあ二十年近く使ってたからそらそうか、なんだけど。
なんかツイッタで、ZINとかいう文化すばらしー!精神性が!とか叫びながら飛び出した意識高いオシャレさんが、オタクたちにタコ殴りにどつかれて、結果意識高いツイを消すまでしててかわいそうだったんだけど、あのツイートのおかげでインターネット老人会の方々がいろんな懐かしい話してるのがTLにも流れてきて、懐かしくなった。
フルカラーオフセがバカ高かった時代に、フルカラーじゃないけど多色刷りで色付けるみたいなの、浮世絵みたいな……たしかにあったな……女性向け同人とかの人気サークルでちょいちょいそれで見事な表紙を作り上げてるのを遠目に見てて、ああいうのかっこいいなあと思ってたなとか。そもそも、表紙二色刷の本とか多かったんだ。
あと、ZINって語でファンジンとか思い出すんだけど、そのへんのいちばん有名どころっていやあ「宇宙塵」なんだろうねえ、とか。いまだに、自家出版界隈でジンって言葉聞くと、どうもああいう古い時代のSFファンダムをなんとなく連想してしまう。
自分は直接その世代ではまったくないんだけどねえ。宇宙塵みたいなとこまで行くと団塊世代のオタクあたりにさかのぼっちゃうもんな(自分の親くらいの世代だ)。
そういや、もともとの「同人誌」(文学とか短歌の同人会や同人誌とかそういうやつ)の語感がだいぶ生きていた時期には、「サークル」ってことばも実際に同好の士が集う同人団体ってニュアンスが結構強くて、いわゆる大学の「サークル」と同じような意味合いだったように思う。
それで、その時期……具体的には、晴海とか幕張メッセとかでコミケが開催されてたくらいの時期、ビッグサイトに移るかどうかくらいの頃なんだけど、わりと「よろずサークル」ってのがあった。アニメよろず、とか、ゲームよろず、って感じで、なんかざっくりジャンルくくって、同好の士が集まっちゃう。
みんな好きな作品が違うので、今考えてもあんまりまとまりはないんだけど、よろずって概念結構好きだったな。
よろず本ってのもあった。ゲームよろず、週ジャンよろずとか、作家よろずとか、とにかくいろいろなジャンルでゆるく縛っただけだし、なんならジャンルの縛りすらなく、ただ好きな作品への萌えゴロコをひたすら吐き出したったみたいな同人誌があった。
アンソロみたいに複数の同人作家がそれぞれの好きな作品を書いたりした本もあるけど、一人の同人書きが、自分が好きな作品をあれこれ、漫画やら小説やらオタ語りなんか一つの本にまとめちゃうみたいのもあった。そういうよろず本、わりと楽しかったなあ。自分の知ってる作品の二次はもちろん楽しいし、ページめくってるとよく知らん作品のギャグまんがとか、熱い萌え語りとかがあったりしてさ。よろず本のおかげで全然興味なかったゲームもちょっと気になって、後で遊んでみたりってのがちょこちょこあった。
今、この時代によろず本を作るってのは、あまりに需要がなさすぎて腰が引けちゃうんだけど、まあ需要無くても作ってみてもいいかもなあ。作ってると自分が楽しい気はする。ジャンルとかも越えて、ただただ、好きなモノを寄せ集めた本を一冊つくるっての……。ただ、同人誌って形にして頒布する意義はあまりにも感じないので、自分用に一冊作って満足して終わっちゃう気はする。
ところで発端のツイートへの文句を最後に吐いておくと、ZINの特徴はDIY精神、みたいに言ってた点については、さすがに、二次創作やってるオタクのDIY精神を軽んじすぎてるだろ、ってのは思った。
Do it Yourself。二次創作やってるオタクの軸にあるのはまさにそれでしかないだろ。
ないけど欲しいから作ってんだ、それしか方法がないんだよ。わかるか、なあおい(血走った目で)
フルカラーオフセがバカ高かった時代に、フルカラーじゃないけど多色刷りで色付けるみたいなの、浮世絵みたいな……たしかにあったな……女性向け同人とかの人気サークルでちょいちょいそれで見事な表紙を作り上げてるのを遠目に見てて、ああいうのかっこいいなあと思ってたなとか。そもそも、表紙二色刷の本とか多かったんだ。
あと、ZINって語でファンジンとか思い出すんだけど、そのへんのいちばん有名どころっていやあ「宇宙塵」なんだろうねえ、とか。いまだに、自家出版界隈でジンって言葉聞くと、どうもああいう古い時代のSFファンダムをなんとなく連想してしまう。
自分は直接その世代ではまったくないんだけどねえ。宇宙塵みたいなとこまで行くと団塊世代のオタクあたりにさかのぼっちゃうもんな(自分の親くらいの世代だ)。
そういや、もともとの「同人誌」(文学とか短歌の同人会や同人誌とかそういうやつ)の語感がだいぶ生きていた時期には、「サークル」ってことばも実際に同好の士が集う同人団体ってニュアンスが結構強くて、いわゆる大学の「サークル」と同じような意味合いだったように思う。
それで、その時期……具体的には、晴海とか幕張メッセとかでコミケが開催されてたくらいの時期、ビッグサイトに移るかどうかくらいの頃なんだけど、わりと「よろずサークル」ってのがあった。アニメよろず、とか、ゲームよろず、って感じで、なんかざっくりジャンルくくって、同好の士が集まっちゃう。
みんな好きな作品が違うので、今考えてもあんまりまとまりはないんだけど、よろずって概念結構好きだったな。
よろず本ってのもあった。ゲームよろず、週ジャンよろずとか、作家よろずとか、とにかくいろいろなジャンルでゆるく縛っただけだし、なんならジャンルの縛りすらなく、ただ好きな作品への萌えゴロコをひたすら吐き出したったみたいな同人誌があった。
アンソロみたいに複数の同人作家がそれぞれの好きな作品を書いたりした本もあるけど、一人の同人書きが、自分が好きな作品をあれこれ、漫画やら小説やらオタ語りなんか一つの本にまとめちゃうみたいのもあった。そういうよろず本、わりと楽しかったなあ。自分の知ってる作品の二次はもちろん楽しいし、ページめくってるとよく知らん作品のギャグまんがとか、熱い萌え語りとかがあったりしてさ。よろず本のおかげで全然興味なかったゲームもちょっと気になって、後で遊んでみたりってのがちょこちょこあった。
今、この時代によろず本を作るってのは、あまりに需要がなさすぎて腰が引けちゃうんだけど、まあ需要無くても作ってみてもいいかもなあ。作ってると自分が楽しい気はする。ジャンルとかも越えて、ただただ、好きなモノを寄せ集めた本を一冊つくるっての……。ただ、同人誌って形にして頒布する意義はあまりにも感じないので、自分用に一冊作って満足して終わっちゃう気はする。
ところで発端のツイートへの文句を最後に吐いておくと、ZINの特徴はDIY精神、みたいに言ってた点については、さすがに、二次創作やってるオタクのDIY精神を軽んじすぎてるだろ、ってのは思った。
Do it Yourself。二次創作やってるオタクの軸にあるのはまさにそれでしかないだろ。
ないけど欲しいから作ってんだ、それしか方法がないんだよ。わかるか、なあおい(血走った目で)
爪切りがどっか行ってしまい、今日は買い物に行くついで爪切りも買わなきゃと思っていたはずが、案の定買い忘れて帰ってきた。爪切りたいが明日までがまんだ。
あと、私、あまり信仰心とかないし霊感とかない(ぶっちゃけ霊魂が存在するとはまったく思ってない)んだけど、どうもジンクスは外せないタイプ。
そう、私はなんとなく、夜に爪を切るのと、逆さ水(水にお湯を足す)は、どうしても避けてしまう。なんかえらいタブー感あってできない。できない縛りがあったところで不便なだけなのに、そうわかっててもできないのだった。爪なんて思いついたときにすぐ切るのがいいし、お湯を水で埋めようが水をお湯で埋めようが、いい塩梅の温度になりゃどっちでもいいはず、なのにな。
いや、すっごくたまに、うっかりやらんでもないけど、その途端、うーんなんかいけんことしちゃったなあ、って気持ちでそわっとするので、強いてやりたくはないのだ。
神仏や霊魂とかへの信心がないといいながらも、こういうとこに、わずかに信仰の残骸を抱えてはいるんだろうなあ、なんて思う。
あと、私、あまり信仰心とかないし霊感とかない(ぶっちゃけ霊魂が存在するとはまったく思ってない)んだけど、どうもジンクスは外せないタイプ。
そう、私はなんとなく、夜に爪を切るのと、逆さ水(水にお湯を足す)は、どうしても避けてしまう。なんかえらいタブー感あってできない。できない縛りがあったところで不便なだけなのに、そうわかっててもできないのだった。爪なんて思いついたときにすぐ切るのがいいし、お湯を水で埋めようが水をお湯で埋めようが、いい塩梅の温度になりゃどっちでもいいはず、なのにな。
いや、すっごくたまに、うっかりやらんでもないけど、その途端、うーんなんかいけんことしちゃったなあ、って気持ちでそわっとするので、強いてやりたくはないのだ。
神仏や霊魂とかへの信心がないといいながらも、こういうとこに、わずかに信仰の残骸を抱えてはいるんだろうなあ、なんて思う。
仕事終わったと思ってたら、仕事はまあ終わっててんだけど、別で受けてた内職バイトがあった……。
期間は三月いっぱいなのであとちょっとだけど、内職バイトできるだけがんばらんといけんだった。
よって、推し活は……四月から……がんばる
映画の『教皇選挙』、評判がすごいので見に行きたいんだけど、今はそれどころではないなあ。
ツイッタで、アンゲロプロスみたいな、という評価を見かけて、えーそれはとても絵がキマってて茫然としちゃうやつってことかなあ!!ってなってる(って言ってもアンゲロプロスちゃんと見たの『永遠と一日』だけだし、やっぱ途中で寝そうにはなったんだけど、なんかワンシーンワンシーン、ふとしたところがかなり脳に残ったんだよね。なんか、ああ映画見たな……って感じだった)。構図とか色彩、いちいちめちゃくちゃ良いらしいね……ワンシーンの絵がスチルにしてもバチクソにズバシっとキマってるくらいの、そういう絵の良い映画、大好物だよ。マッドマックス怒りのデスロードとか。
期間は三月いっぱいなのであとちょっとだけど、内職バイトできるだけがんばらんといけんだった。
よって、推し活は……四月から……がんばる
映画の『教皇選挙』、評判がすごいので見に行きたいんだけど、今はそれどころではないなあ。
ツイッタで、アンゲロプロスみたいな、という評価を見かけて、えーそれはとても絵がキマってて茫然としちゃうやつってことかなあ!!ってなってる(って言ってもアンゲロプロスちゃんと見たの『永遠と一日』だけだし、やっぱ途中で寝そうにはなったんだけど、なんかワンシーンワンシーン、ふとしたところがかなり脳に残ったんだよね。なんか、ああ映画見たな……って感じだった)。構図とか色彩、いちいちめちゃくちゃ良いらしいね……ワンシーンの絵がスチルにしてもバチクソにズバシっとキマってるくらいの、そういう絵の良い映画、大好物だよ。マッドマックス怒りのデスロードとか。
アニポケリコロイ編、ラクア探求が完結!
そしてリコロイ続投で、次の冒険がはじま、る……???
ふぅええええ?!! おもしろいんですけど!!!
2年もの脚本の積み上げ、そして迎える第一部完。
そういう完結感ちゃんとあるのに、しかし必然として訪れる第二部、第一部を受けつつの、なにもかもドキッパリ新しい急展開の物語!
脚本のちからを感じる……エンターテイメントの物語かくあるべしだよ。次の回が気になるし早く見たいもんなあ。週ジャンの人気連載みたいな引力の強さだよ、こういうのすげー憧れる。
それにしてもリコロイはすぐに再会すると信じてるけど、ドットはどうしてるんだろ。そしてアメジオ……レギュラーにはならない、かなあ。だけどあの1年後において、どこでどうしているのか一番気になる立ち位置のキャラだ。これまでのラクア編での彼のストーリーやキャラ、そこで確立した彼自身の信念からすれば絶対にまた出てくるはずだけど、見た目はだいぶ変化して出てきそう(中身はあのまっすぐキャラで変わらない気がするけど)。楽しみ。
フリードは……また出てくるだろうけど、ファンの間でもいろいろ予想が出ててこちらも面白い。しかしポケモンゼミはどうなるんだろう?
オニサンコンビも気になる。まだエクスプローラーズにいるんだろうけど、どういうスタンスで登場するかなあ。仲間にはならなくていいけど共闘展開はあってほしい。
そして彼ら以上に気になるのがアゲート。ラクア編ではいまいち立ち位置も目的も考えも見えなかったキャラだが、第二部ではどう考えてもいろいろお出しされてくるだろうから、彼女の動向も気になるところ。前以上に悪として立ちはだかる、のは確実だろうけど一体どんな感じで来るのか……アゲートは見た目が好みすぎるのでほんと悪役でいいんでドシャドシャ活躍してほしい。
あと、全然好きなキャラではないんだけど、最終的に悪役としてキレッキレにキャラ立ってて魅力的だったのがスピネル。すばらしいキャラ造形としかいいようがない。演出も、声優さんの演技もすばらしい。第二部はまずまず彼がラスボスだろうけど、ラクア編クライマックスでのラスボスであるギベオンの描写かなり良い感じだったので、スピネルにも期待がある。とはいえスピネルは狡猾かつ自分本位なキャラクタなので、善意から道を違えたギベオンとは全然違うタイプの悪役になるだろうけど……第二部の最後の方では、ゲスでクソ強くて狂ってる感じが極まりそうなのでほんと期待しかない。哀しい過去とかあったりするかもだけど、そんなのあってもなくてもどーにも悪でしかないゆえ!成敗!!てなってほしい。そういう、こう、ふりきった悪役キャラとして記憶に残る感じに貫いてほしい。
ま、とにもかくにもリコロイドット続投なの、個人的にはとても喜んでいる。めでたい。彼らの、まっすぐすくすく良い子たちなところ、すごく好き。とはいえ第二部ではさらに成長するわけで、そうなるとまた違う側面描かれるかもだけど、それもまた良し。リコロイ編しかアニポケ見てないではあるけど、制作陣が物語づくりにかけてきた丁寧さやまっとうさに信頼しかないので、第二部もきっと面白いと信じきっている。
そしてリコロイ続投で、次の冒険がはじま、る……???
ふぅええええ?!! おもしろいんですけど!!!
2年もの脚本の積み上げ、そして迎える第一部完。
そういう完結感ちゃんとあるのに、しかし必然として訪れる第二部、第一部を受けつつの、なにもかもドキッパリ新しい急展開の物語!
脚本のちからを感じる……エンターテイメントの物語かくあるべしだよ。次の回が気になるし早く見たいもんなあ。週ジャンの人気連載みたいな引力の強さだよ、こういうのすげー憧れる。
それにしてもリコロイはすぐに再会すると信じてるけど、ドットはどうしてるんだろ。そしてアメジオ……レギュラーにはならない、かなあ。だけどあの1年後において、どこでどうしているのか一番気になる立ち位置のキャラだ。これまでのラクア編での彼のストーリーやキャラ、そこで確立した彼自身の信念からすれば絶対にまた出てくるはずだけど、見た目はだいぶ変化して出てきそう(中身はあのまっすぐキャラで変わらない気がするけど)。楽しみ。
フリードは……また出てくるだろうけど、ファンの間でもいろいろ予想が出ててこちらも面白い。しかしポケモンゼミはどうなるんだろう?
オニサンコンビも気になる。まだエクスプローラーズにいるんだろうけど、どういうスタンスで登場するかなあ。仲間にはならなくていいけど共闘展開はあってほしい。
そして彼ら以上に気になるのがアゲート。ラクア編ではいまいち立ち位置も目的も考えも見えなかったキャラだが、第二部ではどう考えてもいろいろお出しされてくるだろうから、彼女の動向も気になるところ。前以上に悪として立ちはだかる、のは確実だろうけど一体どんな感じで来るのか……アゲートは見た目が好みすぎるのでほんと悪役でいいんでドシャドシャ活躍してほしい。
あと、全然好きなキャラではないんだけど、最終的に悪役としてキレッキレにキャラ立ってて魅力的だったのがスピネル。すばらしいキャラ造形としかいいようがない。演出も、声優さんの演技もすばらしい。第二部はまずまず彼がラスボスだろうけど、ラクア編クライマックスでのラスボスであるギベオンの描写かなり良い感じだったので、スピネルにも期待がある。とはいえスピネルは狡猾かつ自分本位なキャラクタなので、善意から道を違えたギベオンとは全然違うタイプの悪役になるだろうけど……第二部の最後の方では、ゲスでクソ強くて狂ってる感じが極まりそうなのでほんと期待しかない。哀しい過去とかあったりするかもだけど、そんなのあってもなくてもどーにも悪でしかないゆえ!成敗!!てなってほしい。そういう、こう、ふりきった悪役キャラとして記憶に残る感じに貫いてほしい。
ま、とにもかくにもリコロイドット続投なの、個人的にはとても喜んでいる。めでたい。彼らの、まっすぐすくすく良い子たちなところ、すごく好き。とはいえ第二部ではさらに成長するわけで、そうなるとまた違う側面描かれるかもだけど、それもまた良し。リコロイ編しかアニポケ見てないではあるけど、制作陣が物語づくりにかけてきた丁寧さやまっとうさに信頼しかないので、第二部もきっと面白いと信じきっている。
なんか推し活(らくがきするとか)しようと思っていたが、chatGPTに、自分の仕事に関する質問を投げるために時間を使ってしまった。なんとなく悔しい。
いちおう、chatGPTからはそれなりに有益な回答があったけど、直接的な答えではない。私自身が知りたい事柄に関して、議論がすでにあるかどうか、そのリソースがあれば提示してくれ、という質問の仕方をしたからだ。こうするといいというズバリの回答はないが、関連しそうな議論のリソースはリンクをほろほろといくつか出してもらったので、リンク先内容を自分で読み込んでもっと情報をたどっていかねばならない。とはいえ、とっかかりがあるのは助かる。
質問内容についてはあまりにニッチで特殊なものなので、ここでは詳しく述べることは出来ない。ただ、深刻に困っているというよりも、単純作業ではあるけどいちおう私が判断して実行してる要素があって、だがまれに、これ私だけの判断だとまずいのでは、と思うことがあり、今のところはそういうときには上長に相談してなんとなく決めてもらってるんだけど、ほんとはしっかり考えられた基準とか文言とか、とにかくなんかガイドラインほしいんだよなあ、という感じのやつである。ただ、作業があまりに些細かつ仕事場的にもすごく周縁的な作業でしかないから、あまり考えたり基準作ったりする手間をかけたくない。なので、もしヨソで似たようなことやってるならまあまあいい感じにパクりたいなって感じ。だが、作業があまりに些細すぎ周縁的すぎて、私が欲しいズバリの対応事例はもちろん、それに類似した業務でさえ、私が気にしてる点について議論されてるのを見たことも聞いたこともないんだよな……ってな感じ。
つまり世間知がほしいんだけど、とはいえ業界の特殊事情もからむのでツイッターとかのSNSに質問投げるのはすごくしづらい……というときにchatGPTちゃんに聞いてみるかとりあえず、ってのはわりと妥当な使い道だなって気がしている。いまだにLLMやらAIやらの良い使い方がいまいち掴めてないんだけど、答えそのものじゃなくて、答えにつながりそうな資料あったら教えて、ってのはわりと気が楽でもあれば、助かりもする使い道なような気がする。
いちおう、chatGPTからはそれなりに有益な回答があったけど、直接的な答えではない。私自身が知りたい事柄に関して、議論がすでにあるかどうか、そのリソースがあれば提示してくれ、という質問の仕方をしたからだ。こうするといいというズバリの回答はないが、関連しそうな議論のリソースはリンクをほろほろといくつか出してもらったので、リンク先内容を自分で読み込んでもっと情報をたどっていかねばならない。とはいえ、とっかかりがあるのは助かる。
質問内容についてはあまりにニッチで特殊なものなので、ここでは詳しく述べることは出来ない。ただ、深刻に困っているというよりも、単純作業ではあるけどいちおう私が判断して実行してる要素があって、だがまれに、これ私だけの判断だとまずいのでは、と思うことがあり、今のところはそういうときには上長に相談してなんとなく決めてもらってるんだけど、ほんとはしっかり考えられた基準とか文言とか、とにかくなんかガイドラインほしいんだよなあ、という感じのやつである。ただ、作業があまりに些細かつ仕事場的にもすごく周縁的な作業でしかないから、あまり考えたり基準作ったりする手間をかけたくない。なので、もしヨソで似たようなことやってるならまあまあいい感じにパクりたいなって感じ。だが、作業があまりに些細すぎ周縁的すぎて、私が欲しいズバリの対応事例はもちろん、それに類似した業務でさえ、私が気にしてる点について議論されてるのを見たことも聞いたこともないんだよな……ってな感じ。
つまり世間知がほしいんだけど、とはいえ業界の特殊事情もからむのでツイッターとかのSNSに質問投げるのはすごくしづらい……というときにchatGPTちゃんに聞いてみるかとりあえず、ってのはわりと妥当な使い道だなって気がしている。いまだにLLMやらAIやらの良い使い方がいまいち掴めてないんだけど、答えそのものじゃなくて、答えにつながりそうな資料あったら教えて、ってのはわりと気が楽でもあれば、助かりもする使い道なような気がする。
仕事が、とりあえず一段落した。
今年は、いろいろ自分がダメダメで挫折感を覚えるくらいにうまく仕上がらなかった。来年はちゃんとしよ……
それはさておき、たまたまこのタイミングで人生初、人間ドックに行ってきた。
徹夜に近い無茶暮らしで、食生活も乱れまくっている極大に不健康な状態で受けてきたが、とりあえず今日の検査の速報的な話で聞く分には、数年前から指摘のあるメタボと高血圧気味(母方家系が皆高血圧なので体質あると思う)という生活習慣どうにかせえ案件以外は問題になりそうなほどの不健康はなかったので良かったとしよう。
いろいろな検査の合間で待ち時間がたくさんあったが、スマホも暇つぶしの本もうっかりロッカーにしまいこんでしまい、持ち歩いてなかったので、やることがない。前日までの睡眠不足で眠い……となりながら、瞑想のように暇な時間に沈思黙考していたこと、それは当然のように推しのことであった。
ネオアトで、アブトゥとペレスの両片思いカプばまりして、もう5年目だ。自分で二次創作を書いたりしてきたこともあり、自分の中のネオアトワールドでは、二人はもはや付き合ってる、どころかご家族ですねくらいになにかと一緒にいて、人生ともに歩んでしまっている感じがある。もちろんすべて妄想が組みあげた幻覚だが。
改めて、そうは捉えてなかった頃を思い出そうと思うとなかなかむずかしい。。まさかカップリングになるとも思ってなかった頃……そしてゾネスイベで、なんだとこいつらカプ解釈ありなのかーーー!!と驚愕した瞬間の衝撃……もはやなかなか思い出せない。
クリニックの居心地の良い椅子に座して、番号が呼ばれるのを待つあいだ、脳内でネオアトラスを遊んだときの感覚を順番に思い返していく。喧嘩仲良しだなあ、つかBL推奨なのかなあと思っていたときの感覚、ゾネスイベ開始時の、またお前かペレス、という感覚。そして颯爽とペレスを助けに駆けつけるアブトゥの頼もしさと、凸凹コンビやけど仲良しやな〜とほのぼのしてた気持ち。
そして、アマゾネスの集団に飛び込んでいって、正体を明らかにするアブトゥ……
思い出したわーー! 完全思い出したわーーー!!
え、あのアラビアプリンス的な濃い顔イケメン、女の人やったの!!
えええええ
そう、そう思って改めて顔グラ見たらド好みでしかない、このイケメン女子……
喧嘩してるばかりっぽいけど別方向のインドア派同士、実はウマが合う友達だねウンウンとにこやかに見ていたのに、そんな、そんな思いを秘めて……しかもそんな深い愛情……
「私の」「かけがえのない人」「ペレス」
めめめぁぁぁ!! そんな、そんなに明言、ド告白……アチチチがすぎる!!
だけどあんな情熱的な一言があったというのに、ペレスはわかってんだがなんだか反応があの朴念仁ぷり……でもありがとうはめちゃくちゃ恥ずかしそうに言うし、魅力的な女性、て本人にいっちゃうし……くぅ、この……
そんで地図エンドであのコメントだからなあ。
あの瞬間、ペレスだってめちゃくちゃアブトゥに恋したらしいのに、なのに、まだ無自覚??!!! まだ戸惑ってんの?! でも、なんかこう、ペレスにとってもアブトゥの存在が深く人生に食い入ってきてる感じの、あの最後の行。
なんなの、ほんとなんなの!!!!
と、いろいろ思い出した気持ちで薄気味悪くニタつきそうになりながら、血ィ取られたり腹エコーされたりしてきた。ちなみに今回、人生初胃カメラだったが、鎮静剤の注射打たれて、ほうほう少し頭の中がほわっとしてきたぞ……と思った一瞬以降はなにも覚えていない。ぱっち、と目を開けたらもう何もかもが終わっていて、なんかいい昼寝したな!というスッキリした目覚め感だけがあった。鎮静剤すげえな。
今年は、いろいろ自分がダメダメで挫折感を覚えるくらいにうまく仕上がらなかった。来年はちゃんとしよ……
それはさておき、たまたまこのタイミングで人生初、人間ドックに行ってきた。
徹夜に近い無茶暮らしで、食生活も乱れまくっている極大に不健康な状態で受けてきたが、とりあえず今日の検査の速報的な話で聞く分には、数年前から指摘のあるメタボと高血圧気味(母方家系が皆高血圧なので体質あると思う)という生活習慣どうにかせえ案件以外は問題になりそうなほどの不健康はなかったので良かったとしよう。
いろいろな検査の合間で待ち時間がたくさんあったが、スマホも暇つぶしの本もうっかりロッカーにしまいこんでしまい、持ち歩いてなかったので、やることがない。前日までの睡眠不足で眠い……となりながら、瞑想のように暇な時間に沈思黙考していたこと、それは当然のように推しのことであった。
ネオアトで、アブトゥとペレスの両片思いカプばまりして、もう5年目だ。自分で二次創作を書いたりしてきたこともあり、自分の中のネオアトワールドでは、二人はもはや付き合ってる、どころかご家族ですねくらいになにかと一緒にいて、人生ともに歩んでしまっている感じがある。もちろんすべて妄想が組みあげた幻覚だが。
改めて、そうは捉えてなかった頃を思い出そうと思うとなかなかむずかしい。。まさかカップリングになるとも思ってなかった頃……そしてゾネスイベで、なんだとこいつらカプ解釈ありなのかーーー!!と驚愕した瞬間の衝撃……もはやなかなか思い出せない。
クリニックの居心地の良い椅子に座して、番号が呼ばれるのを待つあいだ、脳内でネオアトラスを遊んだときの感覚を順番に思い返していく。喧嘩仲良しだなあ、つかBL推奨なのかなあと思っていたときの感覚、ゾネスイベ開始時の、またお前かペレス、という感覚。そして颯爽とペレスを助けに駆けつけるアブトゥの頼もしさと、凸凹コンビやけど仲良しやな〜とほのぼのしてた気持ち。
そして、アマゾネスの集団に飛び込んでいって、正体を明らかにするアブトゥ……
思い出したわーー! 完全思い出したわーーー!!
え、あのアラビアプリンス的な濃い顔イケメン、女の人やったの!!
えええええ
そう、そう思って改めて顔グラ見たらド好みでしかない、このイケメン女子……
喧嘩してるばかりっぽいけど別方向のインドア派同士、実はウマが合う友達だねウンウンとにこやかに見ていたのに、そんな、そんな思いを秘めて……しかもそんな深い愛情……
「私の」「かけがえのない人」「ペレス」
めめめぁぁぁ!! そんな、そんなに明言、ド告白……アチチチがすぎる!!
だけどあんな情熱的な一言があったというのに、ペレスはわかってんだがなんだか反応があの朴念仁ぷり……でもありがとうはめちゃくちゃ恥ずかしそうに言うし、魅力的な女性、て本人にいっちゃうし……くぅ、この……
そんで地図エンドであのコメントだからなあ。
あの瞬間、ペレスだってめちゃくちゃアブトゥに恋したらしいのに、なのに、まだ無自覚??!!! まだ戸惑ってんの?! でも、なんかこう、ペレスにとってもアブトゥの存在が深く人生に食い入ってきてる感じの、あの最後の行。
なんなの、ほんとなんなの!!!!
と、いろいろ思い出した気持ちで薄気味悪くニタつきそうになりながら、血ィ取られたり腹エコーされたりしてきた。ちなみに今回、人生初胃カメラだったが、鎮静剤の注射打たれて、ほうほう少し頭の中がほわっとしてきたぞ……と思った一瞬以降はなにも覚えていない。ぱっち、と目を開けたらもう何もかもが終わっていて、なんかいい昼寝したな!というスッキリした目覚め感だけがあった。鎮静剤すげえな。
絶賛、仕事に追われておりたいしたことが書けないしできない。
推し活が遠い……仕事は締切を無事乗り越えればそれから動きが取れるはずではある、それまでがんばる我慢する。
ところでなにがあったというわけでもないが、なんか他人の善意ありがてえな、とふと思ったので書いておく。
私はとてもポンコツでいろいろとなかなかアレなポンコツをやらかす。
この夏も、帰省の折に東京で、荷物をロッカーに入れたあとに鍵掛け忘れて荷物をロッカーに入れて施錠はしないまま、金も払ってない状態で数時間放置してしまうというとてもしょうもないことをやらかした。しかし、そういうときにシステムがそういうポカを防いでくれたり(やらかすやつがいることを想定してセーフガードな仕組みが作られていた)、そしてなにより、ロッカーの管理してる業者さんとか、謎につっこまれただけの荷物を見つけた行きずりの人とかが親切に対応してくれたおかげで私は荷物を無事にとりもどすことができたのだ。
世の中の人、かなり善人だよ。そういう人たくさんいる。
他人に優しく誠実であるように生きている。立派だ。もちろん悪人も、悪人ほどではないが利己的な人もたくさんいるだろうけど、そうじゃない人もいっぱいいるんだよな。
人びと、ありがてえな。
私もポンコツはポンコツだけど、他者に善意で接しられるようにありたい。
ということをなんとなく考えていた。
私のどーしょーもないミスが、クリティカルにひどい経験になっておかしくないのにそうならずにすんだの、ほんとによそ様の善意や思いやりや誠実の賜物なんだよね……
今まで、大小あるけど人生の中で、家族親族知り合い、そして行きずりの赤の他人にいたるまで、人の優しさに援助されたことが私には何回もある。私自身が気づいてないけどなにげに援助されてたことも多分ある。
私自身じゃなくても、他人が他人から、善意を向けられた場面を見たことだってたくさんあった。
私はそのように他者の、小さな善意の集まりのなかで育ち、今も生きてきてるんだなと思ってる。それはとてもありがてえことなんだと、ふと思ったっていう、なんかそんなだけの話。
(なんでか急に、夏の、荷物置き去り事件のことをふと思い返して、くっそ恥ずかしいやらかし大将すぎる我ウワァァアーーーーー!!!て気分になってたんだけど、それにしても周囲の人や駅の人やロッカーの管理の人のおかげで荷物ロストしなかったんだよな、恥ずかしいは恥ずかしいけど、人の優しさめちゃくちゃありがたいやつだよな、おかげで恥ずかしいだけで済んだんだもんな……って思考になったってわけ)
推し活が遠い……仕事は締切を無事乗り越えればそれから動きが取れるはずではある、それまでがんばる我慢する。
ところでなにがあったというわけでもないが、なんか他人の善意ありがてえな、とふと思ったので書いておく。
私はとてもポンコツでいろいろとなかなかアレなポンコツをやらかす。
この夏も、帰省の折に東京で、荷物をロッカーに入れたあとに鍵掛け忘れて荷物をロッカーに入れて施錠はしないまま、金も払ってない状態で数時間放置してしまうというとてもしょうもないことをやらかした。しかし、そういうときにシステムがそういうポカを防いでくれたり(やらかすやつがいることを想定してセーフガードな仕組みが作られていた)、そしてなにより、ロッカーの管理してる業者さんとか、謎につっこまれただけの荷物を見つけた行きずりの人とかが親切に対応してくれたおかげで私は荷物を無事にとりもどすことができたのだ。
世の中の人、かなり善人だよ。そういう人たくさんいる。
他人に優しく誠実であるように生きている。立派だ。もちろん悪人も、悪人ほどではないが利己的な人もたくさんいるだろうけど、そうじゃない人もいっぱいいるんだよな。
人びと、ありがてえな。
私もポンコツはポンコツだけど、他者に善意で接しられるようにありたい。
ということをなんとなく考えていた。
私のどーしょーもないミスが、クリティカルにひどい経験になっておかしくないのにそうならずにすんだの、ほんとによそ様の善意や思いやりや誠実の賜物なんだよね……
今まで、大小あるけど人生の中で、家族親族知り合い、そして行きずりの赤の他人にいたるまで、人の優しさに援助されたことが私には何回もある。私自身が気づいてないけどなにげに援助されてたことも多分ある。
私自身じゃなくても、他人が他人から、善意を向けられた場面を見たことだってたくさんあった。
私はそのように他者の、小さな善意の集まりのなかで育ち、今も生きてきてるんだなと思ってる。それはとてもありがてえことなんだと、ふと思ったっていう、なんかそんなだけの話。
(なんでか急に、夏の、荷物置き去り事件のことをふと思い返して、くっそ恥ずかしいやらかし大将すぎる我ウワァァアーーーーー!!!て気分になってたんだけど、それにしても周囲の人や駅の人やロッカーの管理の人のおかげで荷物ロストしなかったんだよな、恥ずかしいは恥ずかしいけど、人の優しさめちゃくちゃありがたいやつだよな、おかげで恥ずかしいだけで済んだんだもんな……って思考になったってわけ)
今日明日くらいにアイルランドに襲いかかろうとしてる猛烈な冬の嵐、名前がエーオウィンとついてるらしい。
https://weathernews.jp/s/topics/202501/2...
ストーム・エーオウィン。
強そうすぎる。魔王滅ぼせる姫の名。
やばさ伝わるネーミング。
(嵐の中心付近の気圧が930hpaに達する可能性があるというから、実際やばいストーム)
https://weathernews.jp/s/topics/202501/2...
ストーム・エーオウィン。
強そうすぎる。魔王滅ぼせる姫の名。
やばさ伝わるネーミング。
(嵐の中心付近の気圧が930hpaに達する可能性があるというから、実際やばいストーム)
冬なので、シチューの季節だということで。
いつもと違うルーにしてみるかという気になって、なんとなくハウスの「休日のシチュー」ってルー使ってみたけど、これうめえ。めっちゃ好み。
このルーのレシピ、ふつうのシチューだとルー一箱分に対し水1000cc使うくらいのところ、水700ccくらいの指定だった。
あれ、水少ないなと思ってよく見たら、牛乳の量が300cc。
なるほどう、それはリッチな味になる。
とはいえ単に牛乳の量多めにしましたに収まらない、しみじみした美味さがある。好き。
しばらくは、シチュー作るならこれ使っちゃうな。
そういうわけで、このクリームシチューがツボに入って、この冬は早くももう2回もこのルーで作ってみたんだけど、あとで同じブランドでビーフシチュー味もあることに気付いた。
普段はあまりビーフシチューを作らないが、味を試してみたくなって、年越しの前にルーだけ買っておいた。
で、ここのところ寒波襲来で冷え込むことだしシチュー作るなら今っしょ、という気になって、ビーフシチューを作ることにした。
昨日、牛肉買ってこなきゃな(普段牛肉を買わないのでストックがない)……と分量を確認した。
ら、ルー一箱分に対し牛肉500g。
500g!
なるほどう!
そんな量をひとまとめに買うこともなければ、それを一気に鍋にぶち込むこともめったにしない。
そりゃうまいはずだよ!!
というわけで思い切って牛肉500g買ってきて、どこどこ鍋にぶっ込んで炊いたよ。
うっっわーーーー! うまい!!!
肉リッチ!
でも肉がどうこうの前に、やっぱりこのルーがうまい。この味調整、とても好き。
私、シチューはごはんにかけて食べる派なので、ごはんに好きなだけシチューかけ回して食べてみたけど、ごはんともめちゃくちゃ合う!
でもたぶん、パンにとても合うと思う。できれば皮の固い、噛みしめると味わいが強い、上等のドイツや中欧風パンだとなお良い。穀物の味とミラクルハーモニーを奏でてくれるはず。
そうそう、箱裏レシピにないので邪道だけど、ちょっと個人的な味の好みで牛乳も足した。
これをごはんにかけて食べている、ということはこれは概念的には牛の親子丼と言えるか……親子???……いやまあなんか、とにかく美味しいよ。
追記:あんまりビーフシチューを作ったことない&実はシチューやカレー作るときに肉の量をちゃんと見ずに毎度適当に肉をぶちこんでいる(だいたい300g弱くらいの量だとは思う)、ので、念の為ほかの市販のビーフシチューのレシピも確認してみるか……って、みたわけだけど、1/2箱で300gとか書いてあった。別に一箱に対し牛肉500gは多くない。ごめん。貧乏で肉をケチりがちなので一気に500gも牛肉を買って一度に使い切っちゃうってのが、自分の生活の中では珍しすぎて……
なおクリームシチューに牛乳300ccはちょっとリッチと思う。200ccくらいだよね……?って思ってこれも確認してみたら、ルーによっては1箱辺り300cc対応普通にあったー!!やっぱりな!
だけど、こっちは、やっぱり一箱に対し200cc相当のレシピも結構あったので、いつもより牛乳リッチ!って感覚はそんなに間違いじゃなかったかもしれない。よく使ってたS&Bの「栗原はるみのクリームシチュー」はルー一箱に牛乳200cc相当だった。別に私が貧乏性でいつもレシピに比べて牛乳少なめにしてたってわけではなかった(ちょっとドキドキした)
いつもと違うルーにしてみるかという気になって、なんとなくハウスの「休日のシチュー」ってルー使ってみたけど、これうめえ。めっちゃ好み。
このルーのレシピ、ふつうのシチューだとルー一箱分に対し水1000cc使うくらいのところ、水700ccくらいの指定だった。
あれ、水少ないなと思ってよく見たら、牛乳の量が300cc。
なるほどう、それはリッチな味になる。
とはいえ単に牛乳の量多めにしましたに収まらない、しみじみした美味さがある。好き。
しばらくは、シチュー作るならこれ使っちゃうな。
そういうわけで、このクリームシチューがツボに入って、この冬は早くももう2回もこのルーで作ってみたんだけど、あとで同じブランドでビーフシチュー味もあることに気付いた。
普段はあまりビーフシチューを作らないが、味を試してみたくなって、年越しの前にルーだけ買っておいた。
で、ここのところ寒波襲来で冷え込むことだしシチュー作るなら今っしょ、という気になって、ビーフシチューを作ることにした。
昨日、牛肉買ってこなきゃな(普段牛肉を買わないのでストックがない)……と分量を確認した。
ら、ルー一箱分に対し牛肉500g。
500g!
なるほどう!
そんな量をひとまとめに買うこともなければ、それを一気に鍋にぶち込むこともめったにしない。
そりゃうまいはずだよ!!
というわけで思い切って牛肉500g買ってきて、どこどこ鍋にぶっ込んで炊いたよ。
うっっわーーーー! うまい!!!
肉リッチ!
でも肉がどうこうの前に、やっぱりこのルーがうまい。この味調整、とても好き。
私、シチューはごはんにかけて食べる派なので、ごはんに好きなだけシチューかけ回して食べてみたけど、ごはんともめちゃくちゃ合う!
でもたぶん、パンにとても合うと思う。できれば皮の固い、噛みしめると味わいが強い、上等のドイツや中欧風パンだとなお良い。穀物の味とミラクルハーモニーを奏でてくれるはず。
そうそう、箱裏レシピにないので邪道だけど、ちょっと個人的な味の好みで牛乳も足した。
これをごはんにかけて食べている、ということはこれは概念的には牛の親子丼と言えるか……親子???……いやまあなんか、とにかく美味しいよ。
追記:あんまりビーフシチューを作ったことない&実はシチューやカレー作るときに肉の量をちゃんと見ずに毎度適当に肉をぶちこんでいる(だいたい300g弱くらいの量だとは思う)、ので、念の為ほかの市販のビーフシチューのレシピも確認してみるか……って、みたわけだけど、1/2箱で300gとか書いてあった。別に一箱に対し牛肉500gは多くない。ごめん。貧乏で肉をケチりがちなので一気に500gも牛肉を買って一度に使い切っちゃうってのが、自分の生活の中では珍しすぎて……
なおクリームシチューに牛乳300ccはちょっとリッチと思う。200ccくらいだよね……?って思ってこれも確認してみたら、ルーによっては1箱辺り300cc対応普通にあったー!!やっぱりな!
だけど、こっちは、やっぱり一箱に対し200cc相当のレシピも結構あったので、いつもより牛乳リッチ!って感覚はそんなに間違いじゃなかったかもしれない。よく使ってたS&Bの「栗原はるみのクリームシチュー」はルー一箱に牛乳200cc相当だった。別に私が貧乏性でいつもレシピに比べて牛乳少なめにしてたってわけではなかった(ちょっとドキドキした)
夢に知らん猫が出てきた。夢なので曖昧だが設定的には実家あたりだったのだろうか、自分の家ではないのに自分の家のように寛いでいたら、そこの家で最近飼い始めたという猫に懐かれた。別に私だけでもなく、誰にも彼にもやたらに人懐っこい猫で、とにかく人間に近寄りたがり、膝に乗りたがる。こんなに人間に構われたがりでは家の者が長い時間外出したときとか大丈夫か、と思う夢だった。ミルクティー色で品とスタイルの良い猫だった。
猫が出てくる夢、たまーに見るんだけど、大概知らん猫だ。自分が実際に飼っていた猫や、実家で昔飼われてた猫もいるが、あれたちを夢に見ることはほとんどないんだよなあ。
ところで昨日警戒していた筋肉痛はさほどではない。ちょっと強張りは続いてるけど。葛根湯に感謝を捧げる。
猫が出てくる夢、たまーに見るんだけど、大概知らん猫だ。自分が実際に飼っていた猫や、実家で昔飼われてた猫もいるが、あれたちを夢に見ることはほとんどないんだよなあ。
ところで昨日警戒していた筋肉痛はさほどではない。ちょっと強張りは続いてるけど。葛根湯に感謝を捧げる。
今日は長時間立ちっぱなしな作業があって、わりと動き回りもしたので歩数が18000歩近くになってた。ここ1、2年長く歩くのをサボってたから、久々で足の筋肉がくたびれている。明日はきつい筋肉痛来そうなので、気休めに葛根湯を飲んでおいた。
それとは全然関係ないんだけど、「行けたら行くわ」「こちらがわのどこからでも切れます」と同等ぐらいに信用置けないのがペットボトルのラベルの「ここからはがせます」のような気がしてるよ。
や、はがせはするよ、するけど、毎度、思ってるより手間取るの自分だけか?
今日、そのわりと歩き回った作業が終わって帰る途中、のど乾いたなってコンビニ寄って、ウィルキンソンのドライジンジャーエールのアップルとかいう素敵なやつがあって、こら買わないわけにいかんでしょと手に入れて意気揚々飲み終わってさ。ラベルはがすか……て剥ごうとして、「ここからはがせます」から剥くのにやっぱ苦労しちゃったのよ。
そういえばコカコーラのラベルも微妙に剥がしにくい気がするな……ピッて一発でめくるとこからきれいに引っ剥がしたいけどできたことない。
やっぱ私が不器用なだけかもしれんな。
それとは全然関係ないんだけど、「行けたら行くわ」「こちらがわのどこからでも切れます」と同等ぐらいに信用置けないのがペットボトルのラベルの「ここからはがせます」のような気がしてるよ。
や、はがせはするよ、するけど、毎度、思ってるより手間取るの自分だけか?
今日、そのわりと歩き回った作業が終わって帰る途中、のど乾いたなってコンビニ寄って、ウィルキンソンのドライジンジャーエールのアップルとかいう素敵なやつがあって、こら買わないわけにいかんでしょと手に入れて意気揚々飲み終わってさ。ラベルはがすか……て剥ごうとして、「ここからはがせます」から剥くのにやっぱ苦労しちゃったのよ。
そういえばコカコーラのラベルも微妙に剥がしにくい気がするな……ピッて一発でめくるとこからきれいに引っ剥がしたいけどできたことない。
やっぱ私が不器用なだけかもしれんな。
『悪役令嬢転生おじさん』アニメ化、放送開始!
そしてアニポケリコロイ編、年明け初放送!
二つ続けてアニメ見て、どっちも良かった!! 幸せ感がある。
悪役令嬢転生おじさんはね、原作に沿いつつアニメらしい演出もあって、なんか全体的にキラキラしててかわいくて最高だった。ひらめきなびく縦ロール、凜としたお嬢様の気風のボイス、グレース素敵すぎて……
そしてエンディング、まさかのマツケンサンバ……キラキラ、キラキラだーー!!!
溢れる多幸感に酔い、最終的にこみ上げてくる謎の泣き。なんだこのグランドフィナーレ感。放送第一回目なのに。
本編も、健三郎の親目線に同期してだいぶ目頭押さえて天を仰ぐの仕草してた。
アンナめちゃくちゃかわいい。そして親目線でみちゃう!
ひなこちゃんもめちゃくちゃかわいいな! なにより声優みんなベストマッチじゃん。
ナレーション喜久子様もすごく良い。くそッ後期中年オタをトロール漁するつもりだ、このアニメ。
はやく美津子さんもいっぱい出てきてほしー
アニポケは、年明けはオモダカさんとの仕合だ!!!っていうのでかなり楽しみにしてたけど、想像をゆうに超えてきた。ひーリコロイドットも、オモダカさんも、最高にかっこいい!!
ていうかオモダカさん!!
なんて格好良さ、なんて美しさ。好き!!!
キラフロルメインのえげつない戦法で、ぶっちゃけゲーム本編よりもガチで手抜きできない感と強者っぷり出してきたので、本当に最高だった。四天王もけっこうよくしゃべってたし、チリちゃん面接モード美味しかったし(あれは全国のチリの女向けのサービスシーンだよねきっと!)ドラゴーン!キャンセルされハッ先大好き。でもわたしもウボオイォイしたい気分だったよ。三人組の成長、特にリコが手段選ばず目的のために勝ちを取りに行き、ニャローテがリコの本気に応えてぎりぎりの一線の「もちこたえた!」を発動し、トップチャンピオンの頂を乗り越える……ウッ(涙)
それにしてもオモダカさん、毒くらった対戦相手を前に、毒での自滅待ちをしない心意気、
トレーナーとしての矜恃、トップチャンピオンとしての品格、気高さと誇り。
私は、凜々しく強く威風堂々、そして誇り高い女性がほんと好きなんだなあと思った。
あるべき自分を保ってまっすぐ立ち続ける女、ほんとかっこよいよね。好き。
そしてアニポケリコロイ編、年明け初放送!
二つ続けてアニメ見て、どっちも良かった!! 幸せ感がある。
悪役令嬢転生おじさんはね、原作に沿いつつアニメらしい演出もあって、なんか全体的にキラキラしててかわいくて最高だった。ひらめきなびく縦ロール、凜としたお嬢様の気風のボイス、グレース素敵すぎて……
そしてエンディング、まさかのマツケンサンバ……キラキラ、キラキラだーー!!!
溢れる多幸感に酔い、最終的にこみ上げてくる謎の泣き。なんだこのグランドフィナーレ感。放送第一回目なのに。
本編も、健三郎の親目線に同期してだいぶ目頭押さえて天を仰ぐの仕草してた。
アンナめちゃくちゃかわいい。そして親目線でみちゃう!
ひなこちゃんもめちゃくちゃかわいいな! なにより声優みんなベストマッチじゃん。
ナレーション喜久子様もすごく良い。くそッ後期中年オタをトロール漁するつもりだ、このアニメ。
はやく美津子さんもいっぱい出てきてほしー
アニポケは、年明けはオモダカさんとの仕合だ!!!っていうのでかなり楽しみにしてたけど、想像をゆうに超えてきた。ひーリコロイドットも、オモダカさんも、最高にかっこいい!!
ていうかオモダカさん!!
なんて格好良さ、なんて美しさ。好き!!!
キラフロルメインのえげつない戦法で、ぶっちゃけゲーム本編よりもガチで手抜きできない感と強者っぷり出してきたので、本当に最高だった。四天王もけっこうよくしゃべってたし、チリちゃん面接モード美味しかったし(あれは全国のチリの女向けのサービスシーンだよねきっと!)ドラゴーン!キャンセルされハッ先大好き。でもわたしもウボオイォイしたい気分だったよ。三人組の成長、特にリコが手段選ばず目的のために勝ちを取りに行き、ニャローテがリコの本気に応えてぎりぎりの一線の「もちこたえた!」を発動し、トップチャンピオンの頂を乗り越える……ウッ(涙)
それにしてもオモダカさん、毒くらった対戦相手を前に、毒での自滅待ちをしない心意気、
トレーナーとしての矜恃、トップチャンピオンとしての品格、気高さと誇り。
私は、凜々しく強く威風堂々、そして誇り高い女性がほんと好きなんだなあと思った。
あるべき自分を保ってまっすぐ立ち続ける女、ほんとかっこよいよね。好き。
職場の昼休みに。
なんの話からだったか、同世代の同僚と「昭和の頃の手作りクッキーってなんか真ん中にドギつい赤とか緑色しててケミカルな甘い味のするドライフルーツはまってたよね?!」って話になった。なんか昭和のお菓子ってああいうドギつい色のデコレーションわりとあったよね~、と盛り上がる。
正直、子供の頃はドライフルーツをそんなに好まなかったし、今考えると味はたいして好きではなかったんだが、とにかくカラフルさに夢を見ていた。元のフルーツがなにかってのは考えずになんとなく憧れていたなあ、と。
で、今考えるとあの丸いのって実際なに?って話になって、同僚が検索して探し当てたのが「ドレンチェリー」ってやつだった。
あれ、さくらんぼだったのね……あんまりそういう意識なかったよ。
https://dailyportalz.jp/kiji/making-drai...
なんかしかしドレンチェリーみたいなの、最近なんかで見たような……とうろんな記憶を探って思い出したのがポルトガルのクリスマスお菓子、ボーロ・レイ(boro rei)。
フランスで言うガレット・デ・ロワと同じようなやつだけど、やたら色味が派手。
https://www.theportugalnews.com/pt/notic...
確かに赤と緑、クリスマスカラーでハデハデ。
クリスマスから1月6日の公現祭までの間に食べられるお菓子だから、ちょうど昨日あたりまでポルトガルでのご家庭のテーブルにはこのお菓子が登場していたんじゃなかろうか。
昭和懐かしいネタでついもりあがっちゃうの、やりがち中年だけど、やっぱ子供の頃のちょっとした憧れってずっと憧れで残ってる感じがあるんだよね。なんだろうね。
そして、家に帰ってきてから、そういえば実家には、めちゃくちゃ昭和五十年代臭のする、古いお菓子のレシピ本がずっとあったなあ、と懐かしく思いだした。
今もあるかはわからないが、私が大学を卒業するあたりまでは実家にあった。どうしても実家で作ってた味のクッキーを作りたくてレシピをメールで送ってもらったのだ。
まだ実家に残ってたら嬉しいけど、私が小学生くらいの時点でけっこうボロボロになってたから、もう捨てちゃってるかもしれないなあ。
書名もなんも覚えてないんだけど、もしかしたら主婦の友社の『はじめてでも失敗しない 楽しい手作りお菓子』って本じゃないかと思う。おそらく1977年版。ただ初版発行年代は自分の幼少時よりはちょっと古い。発行年より数年後か、増刷されたものを買ったのかもしれない。なおこの本には1987年改訂版もあるようだがおそらくそちらではない。
https://bywr.unionprinter.shop/index.php...
↑上のページの写真の中に、ドレンチェリーのっかりまくり絞り出しクッキーがあって、そうそうこれこれ!ってなった。
あと、これに載ってた、本のかたちのバースデーケーキにすっげー憧れてて、いっかいだけ、母がめちゃくちゃ難儀しながら作ってくれたような……それともさすがに難しかったろうか……おぼえてない。でも作ってもらった気がする……
と思ってたら、その本の形をしたケーキのページを載せてくれてあるブログがあった。
https://cross-clinic.jp/_content/blog/%E...
あーーーー、たぶん、たぶんこれ、こんなんだったと思う。
しかしこれ、実際作ろうとおもったらほんとめちゃくちゃ大変そうだな。ほんと記憶があいまいすぎるけど、考えてみるに、多分一回はなんか作ってもらった気がするので……よう作ってくれたよ母。ありがたさ~。

気持ちが高ぶりすぎて、なんか知らんが昭和のお菓子レシピ本のイメージをワンドロした。
こう、こういうの、夢の空間って思ってたし、今もまだ心の片隅のどっかでこういう空間のことを夢見てる気がするよ。
なんの話からだったか、同世代の同僚と「昭和の頃の手作りクッキーってなんか真ん中にドギつい赤とか緑色しててケミカルな甘い味のするドライフルーツはまってたよね?!」って話になった。なんか昭和のお菓子ってああいうドギつい色のデコレーションわりとあったよね~、と盛り上がる。
正直、子供の頃はドライフルーツをそんなに好まなかったし、今考えると味はたいして好きではなかったんだが、とにかくカラフルさに夢を見ていた。元のフルーツがなにかってのは考えずになんとなく憧れていたなあ、と。
で、今考えるとあの丸いのって実際なに?って話になって、同僚が検索して探し当てたのが「ドレンチェリー」ってやつだった。
あれ、さくらんぼだったのね……あんまりそういう意識なかったよ。
https://dailyportalz.jp/kiji/making-drai...
なんかしかしドレンチェリーみたいなの、最近なんかで見たような……とうろんな記憶を探って思い出したのがポルトガルのクリスマスお菓子、ボーロ・レイ(boro rei)。
フランスで言うガレット・デ・ロワと同じようなやつだけど、やたら色味が派手。
https://www.theportugalnews.com/pt/notic...
確かに赤と緑、クリスマスカラーでハデハデ。
クリスマスから1月6日の公現祭までの間に食べられるお菓子だから、ちょうど昨日あたりまでポルトガルでのご家庭のテーブルにはこのお菓子が登場していたんじゃなかろうか。
昭和懐かしいネタでついもりあがっちゃうの、やりがち中年だけど、やっぱ子供の頃のちょっとした憧れってずっと憧れで残ってる感じがあるんだよね。なんだろうね。
そして、家に帰ってきてから、そういえば実家には、めちゃくちゃ昭和五十年代臭のする、古いお菓子のレシピ本がずっとあったなあ、と懐かしく思いだした。
今もあるかはわからないが、私が大学を卒業するあたりまでは実家にあった。どうしても実家で作ってた味のクッキーを作りたくてレシピをメールで送ってもらったのだ。
まだ実家に残ってたら嬉しいけど、私が小学生くらいの時点でけっこうボロボロになってたから、もう捨てちゃってるかもしれないなあ。
書名もなんも覚えてないんだけど、もしかしたら主婦の友社の『はじめてでも失敗しない 楽しい手作りお菓子』って本じゃないかと思う。おそらく1977年版。ただ初版発行年代は自分の幼少時よりはちょっと古い。発行年より数年後か、増刷されたものを買ったのかもしれない。なおこの本には1987年改訂版もあるようだがおそらくそちらではない。
https://bywr.unionprinter.shop/index.php...
↑上のページの写真の中に、ドレンチェリーのっかりまくり絞り出しクッキーがあって、そうそうこれこれ!ってなった。
あと、これに載ってた、本のかたちのバースデーケーキにすっげー憧れてて、いっかいだけ、母がめちゃくちゃ難儀しながら作ってくれたような……それともさすがに難しかったろうか……おぼえてない。でも作ってもらった気がする……
と思ってたら、その本の形をしたケーキのページを載せてくれてあるブログがあった。
https://cross-clinic.jp/_content/blog/%E...
あーーーー、たぶん、たぶんこれ、こんなんだったと思う。
しかしこれ、実際作ろうとおもったらほんとめちゃくちゃ大変そうだな。ほんと記憶があいまいすぎるけど、考えてみるに、多分一回はなんか作ってもらった気がするので……よう作ってくれたよ母。ありがたさ~。

気持ちが高ぶりすぎて、なんか知らんが昭和のお菓子レシピ本のイメージをワンドロした。
こう、こういうの、夢の空間って思ってたし、今もまだ心の片隅のどっかでこういう空間のことを夢見てる気がするよ。
昼のうちになにか書こうと思ったことがあったと思うんだけど、すっかり忘れてしまった。
今は夜中の二時。
なんでこんな時間まで起きているかというと、9連休もあったのに持ち帰った仕事がぜーんぜん進んでなくて(だらだらやってて全然進んでない)、なんか言い訳程度に最低限やらなきゃ……ってなって、うまく切り上げられずにこの時間って言うザマよ。
もう寝るけど、寝るけどさ。明日から仕事かあ……
年末に持ち越して、年明けに出勤したら大至急やらなきゃなあと思ってたあれこれの作業の記憶が、つばめのように脳内をサッサッとよぎっていって、だいぶ心焦らせてくれるけど、もう眠いんで寝るぜ。
今は夜中の二時。
なんでこんな時間まで起きているかというと、9連休もあったのに持ち帰った仕事がぜーんぜん進んでなくて(だらだらやってて全然進んでない)、なんか言い訳程度に最低限やらなきゃ……ってなって、うまく切り上げられずにこの時間って言うザマよ。
もう寝るけど、寝るけどさ。明日から仕事かあ……
年末に持ち越して、年明けに出勤したら大至急やらなきゃなあと思ってたあれこれの作業の記憶が、つばめのように脳内をサッサッとよぎっていって、だいぶ心焦らせてくれるけど、もう眠いんで寝るぜ。
今さらだけど、『チ。』て、テッド・チャン『息吹』収録の短編いくつかで書かれてたのとかなり近い話を(おそらく偶然だけど、時代がこういう物語を呼んでいるのかもしれない)やってる漫画という気がしてきた。
いや、といっても、テッド・チャンまんまとかではないし、なんといっても風味というか語り口やら構造立てやらなんもかんもタイプ違うから、似てるってことでは全然ないんだけど、なんかテーマの一部が近接する物語のように思えて……
まず「息吹」、これはドンピシャで同じテーマかもしんない。それから「不安は自由のめまい」の、人と人のかぼそい繋がり、他者と交錯する中でこそ自分の在り方を選んでいく、より良くあれそうなかすかな道を追って……各人が各人の思惑と他者との細い繋がりで選んだその道が、偶然のような必然のような不思議さで出来事に少しだけ変化をもたらす感じの……これは、オクジー&バデーニ~ヨレンタ~ドゥラカあたりの話が、特になんかこう、印象重なる。
あとはもちろん「オムファロス」。
信じていたものが崩れて、世界が前とは同じものに見えなくなった、拠り所がないそんな場に立つ人間の物語。
新技術で社会が変わり、人はその変化に飲み込まれもするし利用もするし振り回される、みたいな要素が再三描かれるところもどこか似てると感じさせる一因かもしんない。
『チ。』好きな人には『息吹』薦めたいなあ。
逆も薦めたいなんだけど、しかし『チ。』はなかなか痛そう描写とかがあるからなあ。テッド・チャンの穏やかでエゲつなさ控えめな語り口を好むタイプの人には『チ。』はもしかしたらややどぎついかもしんないな。物語のテーマや要素に、近接or共通する部分がかなりあるとはいえ、作品全体の雰囲気、舌触り的なあたりではかなり違う路線にあるかなとは思うね……
いや、といっても、テッド・チャンまんまとかではないし、なんといっても風味というか語り口やら構造立てやらなんもかんもタイプ違うから、似てるってことでは全然ないんだけど、なんかテーマの一部が近接する物語のように思えて……
まず「息吹」、これはドンピシャで同じテーマかもしんない。それから「不安は自由のめまい」の、人と人のかぼそい繋がり、他者と交錯する中でこそ自分の在り方を選んでいく、より良くあれそうなかすかな道を追って……各人が各人の思惑と他者との細い繋がりで選んだその道が、偶然のような必然のような不思議さで出来事に少しだけ変化をもたらす感じの……これは、オクジー&バデーニ~ヨレンタ~ドゥラカあたりの話が、特になんかこう、印象重なる。
あとはもちろん「オムファロス」。
信じていたものが崩れて、世界が前とは同じものに見えなくなった、拠り所がないそんな場に立つ人間の物語。
新技術で社会が変わり、人はその変化に飲み込まれもするし利用もするし振り回される、みたいな要素が再三描かれるところもどこか似てると感じさせる一因かもしんない。
『チ。』好きな人には『息吹』薦めたいなあ。
逆も薦めたいなんだけど、しかし『チ。』はなかなか痛そう描写とかがあるからなあ。テッド・チャンの穏やかでエゲつなさ控えめな語り口を好むタイプの人には『チ。』はもしかしたらややどぎついかもしんないな。物語のテーマや要素に、近接or共通する部分がかなりあるとはいえ、作品全体の雰囲気、舌触り的なあたりではかなり違う路線にあるかなとは思うね……
あっちなみにテッド・チャンは最初の短編集『あなたの人生の物語』も当然ながらすごいオススメだよ。
表題作「あなたの人生の物語」は映画『メッセージ』の原作で、映画は映画で、音楽も画面も静謐で美しく、かつスリリングさがあって好きだけど、物語自体は、原作とは結構違うところにフォーカスがあるかなとは思う(ストーリーの大筋はそんなに異なってるわけじゃないんで、テッド・チャン読んだことない人はまず映画から入るほうが入りやすいだろうなとは思う)。
あと、映画だと解りにくすぎるためかオミットされちゃったSF的理論展開の部分もすごく面白かった作品なので、映画おもしろかったら原作もぜひ読んで!って感じ。
表題作がやっぱり面白いけど、同短編集に入ってる他の作品もそれぞれみんな面白い。私の好みでは「バビロンの塔」「地獄とは神の不在なり」「顔の美醜について」あたりが推し。
「顔の美醜について」は、人の顔の美醜を失認させる装置「カリー」をめぐって様々な人の言説が並んで物語が進んでいく体裁だけど、中心的なのは大学一年生のギャル、タメラ・ライアンズの感想で、このタメラがなんとも愛せる。
物語自体は、もしルッキズムをSF的ガジェットで解消できるとしたら人類はどうする?どうなる?なにを選ぶ?という話で、真っ正面の社会SFともいえる(テッド・チャンは寡作ではあるけど、かなりの割合で、近未来に実際出てきそうなガジェットとそれが運用される社会についての社会倫理SFというべき作品を書いている)。
というわけでこの物語自体がかなり面白いんだけど、それはおいてもとにかくタメラがかわいい。カリーを廻って肯定派と否定派が運動を展開し、アンチ活動をし、有名も無名も関わる人びとがそれぞれの言説を述べていく。そんながやがや騒々しい言説の嵐の中で、タメラは自分自身の体験と思考、目の前にあること起きたこと、自分がどうしたいかどうなりたいか、どうしたら公正に好きな人を好きで居られるか。そういうことを18歳なりの射程で一生懸命に考えて(その経過の中には浅ましさや利己的な考えも含まれているがそこも良い)いく。自分自身のこととして。タメラが選んだ在り方、それを言い表す最後の1文が、私の心には明るく軽やかに響く。
一方、「地獄とは神の不在なり」はいちばん印象鮮烈かつ、ものすごくざっくりと切り離されるような物語だった。
まず、雷鳴と炎をまとって天使が地上に降臨し、奇跡と災害とを引き起こしてたちまち去る世界、という設定と絵面がすごい。天使降臨はあるとき突然に、なんの理由も因果もなく、場所も時間も選ばずに発生する。降臨が起きると、たまたま近くに居ただけの人たちが、何名かは癒やしや救いの恵みを得るがそれ以上の人数が降臨の衝撃波で死傷する。死んだ人の何名かは天国に迎え入れられる(誰が天国に迎え入れられるのかについても特段の理由はなく、ただの偶然で決まる)。
主人公ニールは天使の降臨で妻を失った。天国に昇った妻に再会したくて、天国に至る道を追い求める。結末は壮絶のひとこと。しかし、そうなるしかなかっただろう、とも思える結末で、なにかがざっくり刈り取られたような気持ちになる。
それはさておき、身も蓋もないことを言ってしまうが、ニールが妻のセイラに向ける愛惜の念は、物語の作りでいうならマクガフィンであるだけなのかもしれないけど、男女厨としてはグっとくる。そもそもの発端としてセイラが天使の降臨に遭遇せず、ニールと深い愛情を分かち合いながら仲良く寿命を迎えられる運命だったら良かったのになあという気にもなるが、突き詰めると、やっぱりこの物語はそのような運命にはなかったニールの物語なのであり、この結末にいたる以外はなかったんだよなあと思うんだよね。そういう、こうにしかならなかった、という納得が深く沁みてくる話、好きィ。
表題作「あなたの人生の物語」は映画『メッセージ』の原作で、映画は映画で、音楽も画面も静謐で美しく、かつスリリングさがあって好きだけど、物語自体は、原作とは結構違うところにフォーカスがあるかなとは思う(ストーリーの大筋はそんなに異なってるわけじゃないんで、テッド・チャン読んだことない人はまず映画から入るほうが入りやすいだろうなとは思う)。
あと、映画だと解りにくすぎるためかオミットされちゃったSF的理論展開の部分もすごく面白かった作品なので、映画おもしろかったら原作もぜひ読んで!って感じ。
表題作がやっぱり面白いけど、同短編集に入ってる他の作品もそれぞれみんな面白い。私の好みでは「バビロンの塔」「地獄とは神の不在なり」「顔の美醜について」あたりが推し。
「顔の美醜について」は、人の顔の美醜を失認させる装置「カリー」をめぐって様々な人の言説が並んで物語が進んでいく体裁だけど、中心的なのは大学一年生のギャル、タメラ・ライアンズの感想で、このタメラがなんとも愛せる。
物語自体は、もしルッキズムをSF的ガジェットで解消できるとしたら人類はどうする?どうなる?なにを選ぶ?という話で、真っ正面の社会SFともいえる(テッド・チャンは寡作ではあるけど、かなりの割合で、近未来に実際出てきそうなガジェットとそれが運用される社会についての社会倫理SFというべき作品を書いている)。
というわけでこの物語自体がかなり面白いんだけど、それはおいてもとにかくタメラがかわいい。カリーを廻って肯定派と否定派が運動を展開し、アンチ活動をし、有名も無名も関わる人びとがそれぞれの言説を述べていく。そんながやがや騒々しい言説の嵐の中で、タメラは自分自身の体験と思考、目の前にあること起きたこと、自分がどうしたいかどうなりたいか、どうしたら公正に好きな人を好きで居られるか。そういうことを18歳なりの射程で一生懸命に考えて(その経過の中には浅ましさや利己的な考えも含まれているがそこも良い)いく。自分自身のこととして。タメラが選んだ在り方、それを言い表す最後の1文が、私の心には明るく軽やかに響く。
一方、「地獄とは神の不在なり」はいちばん印象鮮烈かつ、ものすごくざっくりと切り離されるような物語だった。
まず、雷鳴と炎をまとって天使が地上に降臨し、奇跡と災害とを引き起こしてたちまち去る世界、という設定と絵面がすごい。天使降臨はあるとき突然に、なんの理由も因果もなく、場所も時間も選ばずに発生する。降臨が起きると、たまたま近くに居ただけの人たちが、何名かは癒やしや救いの恵みを得るがそれ以上の人数が降臨の衝撃波で死傷する。死んだ人の何名かは天国に迎え入れられる(誰が天国に迎え入れられるのかについても特段の理由はなく、ただの偶然で決まる)。
主人公ニールは天使の降臨で妻を失った。天国に昇った妻に再会したくて、天国に至る道を追い求める。結末は壮絶のひとこと。しかし、そうなるしかなかっただろう、とも思える結末で、なにかがざっくり刈り取られたような気持ちになる。
それはさておき、身も蓋もないことを言ってしまうが、ニールが妻のセイラに向ける愛惜の念は、物語の作りでいうならマクガフィンであるだけなのかもしれないけど、男女厨としてはグっとくる。そもそもの発端としてセイラが天使の降臨に遭遇せず、ニールと深い愛情を分かち合いながら仲良く寿命を迎えられる運命だったら良かったのになあという気にもなるが、突き詰めると、やっぱりこの物語はそのような運命にはなかったニールの物語なのであり、この結末にいたる以外はなかったんだよなあと思うんだよね。そういう、こうにしかならなかった、という納得が深く沁みてくる話、好きィ。
年越し買い出しで『歌う船完全版』を買ったのは描いたが、実はテッド・チャン『息吹』の文庫版も買ってしまっていた。
ハヤカワSFがkindleで半額セールしてたときに買ってはあって、二年か三年くらいデジタル積ん読状態だったんだけど、紙の本、やっぱ欲しいよねってなり。
そしていざ紙の本が手元にきて、正月で連休だね、となるとなんだか急に気軽になって、まあちょっと読んでみようかななどとページを繰り始めることができたのだった。
オイイイ!! なんで読んでんかったん、過去二、三年くらいの自分!!!!
というわけで、わかってたけどめちゃくちゃ面白かったしめちゃくちゃ良かったしめちゃくちゃ……はちゃめちゃ……情緒……情緒破壊じゃなくて、なんだ……わからん……わからんけど静かな文体で端正で、平熱なのに……なんていえばいいんだ、天地ひっくり返されて急に逆方向に流れる砂時計の砂粒になった気持ち……ぐりんと世界が裏返った気になる……全作品、全作品がだよ。この本に載ってるお話、全部がさ。
はああ~~もっと読みたい、だけど短編集二冊しか出てない、作品を世に出してから30余年にして、刊行された短中編が20本ほどしかない、そんな世紀の寡作SF作家テッド・チャン!!! 次の短編集、あるとしてもチャンが生きているうちに世に出るんだろうか……。
表題作の「息吹」が、やっぱ良かったな。ぜんぜんこの宇宙じゃない別の宇宙の、人間とは全く違う、言うたれば機械生命体である異世界の「わたし」が語り手。
磨いて磨いて、研磨し抜いた水晶レンズみたいな……無機質で透きとおってて、脆いようでもあり硬質でもあり、置いたその場所にぼんやりと影と光の描く丸い縁が落ちるような……不思議な重力を持つ文章。そして激エモな結び。
物語の世界にずっぽり飲み込まれる感覚を久々に味わった感覚があるよ。
どの作品も面白かったし、没入して読んだ。けど頭も使うから、けっこう脳に糖分足りねえ!ってなって休憩がいる。甘い飲みもの飲んで、よし、と続きの字面を追いかける。映画の『ネヴァーエンディングストーリー』の1作目で、アトレーユの旅の途中で急にバスチアンの場面になって、僕もごはん食べなきゃ、ってリンゴをかじり出す場面。あんな感じだ。なかなか年取ってこういう読書体験することも少なくなってるので、物語の泉にどっぷり潜って、そこから息継ぎで浮上して、また潜るみたいな感覚が楽しすぎた。
物語のあまりの見事さで言うならやっぱり「息吹」を一等に挙げたいけど、好みの話でいうなら、最初に収録されてる「商人と錬金術師の門」はだいぶ好みだった。中世のアラビア商人が主人公で、バグダードとカイロが舞台のアラビアンタイムトラベルSF。SFと言いがちSF用語がほとんど出てこないのでほぼほぼファンタジーや寓話なんだけど、ちゃんとSFしてる。しかし舞台は中世アラブ世界なので、異国情緒と、ファンタジーに近い異世界的な歴史ものの空気感があって、そして全体にうっすら漂うなんともいえない寂寥がどうにも好き。ちなみにこの話は枠物語の構造を少し取り入れていて、それがタイムトリップものを語る仕掛けとしてめちゃくちゃうまいことハマってて、技巧的にもすごすぎて瞠目するようなところがある。枠物語構造のタイムトリップものって、そういう作品は他にもいっぱいありそうだけど、テッド・チャンはこういうのをぬるっと流れるように組み入れてくるので、なにが起こったか解らんまま気が付いたら別の場所にいたという感じがある。ほんますごいやで。
「オムファロス」も好き。これも、考古学者の語り手というのは最初の下りですぐわかって、年輪年代学の話なんかも出てくるのでフムフム知ってる知ってる、と読んでると突然、たったの一文で舞台がころんと回転しちゃうので、な……なんだこれぇ!ってなる。しかも仕掛けは別に一つじゃなくて、え、どうなるのと思ってたら、ええええ、そう、そうなるのお、ってなって……短編なのにくるくる転がされて読み終わったときはどわっとため息出ちゃった。
あと「不安は自由のめまい」も好き。これはねえ、別の運命を辿るパラレル世界の自分と対話できたらどうなる、っていうかなり量子論ガチSFな話なんだけど、かなり人情話でもある。SFぽいギミックも面白いけど、とにかくナットがいいキャラで。ナットに気づきを与えるディナもなかなか面白いキャラ。ナットとディナが、さほど深い関わりを持ってるわけでもないちょっとした知人という間柄なのに、最後には細いかそけき糸のような偶然でお互いに深く人生に関わる物語構造になるのが、なんともこう。テッド・チャン、物語構築のマエストロ過ぎる、なんでこうなる。すごい。物語のタイプとしても映画に向いてる作品な気はするので、そのうち映画化せんかな~。
このキャラ好きだなでいうと、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」のデレクとか、「偽りのない事実、偽りのない気持ち」の語り手みたいな、ちょっと情けなくて打算もあるけどそれなりに必死で誠実であろうとして、だけどやっぱなんかどっか挫いてるしうまくはいってない、みたいな男性、こういう普通っぽさわりと好き。なお男性だけでなく女性たちも軒並み、欠点あったりうまくいってなかったりでごく普通の人物像で、みんなこのどこかにいそう感と平熱感がすごいいいなよ思うんだけど、男性陣の一部のなんともパッとしない感は独特な気がする。そこが好き。かっこつけようかなちょっとかっこつけたいかな、だけどやっぱかっこつかない、みたいな……。ビシってきまらん感じ、めちゃくちゃ人間って感じで好き。
そういえば、今回読んでて気付いたけど、テッド・チャン作品に出てくる登場人物、なにかと普通に子供育てそうキャラだなって印象有るなあ。今回は子育てネタの話がけっこうあったせいかもしれないけど。
実際には子供も家族もいないキャラが結構いるんだけど、そういうキャラでも、まあ人生のあいだに場合によってはパートナーができたり子供できたりもせんでもないですかね、感のあるキャラ造形っていうか……
例えばこないだ読んだばっかりの『歌う船』だと、ヘルヴァとか、まあそもそも設定上自分で子を産める体ではないというのはさておいても、養子であっても子供を育てそうな感じないんだよね。
彼女は永遠に主人公であって、彼女の行動こそが物語の中心であって、彼女が宇宙にかっ飛んでいってこそ話が回る物語なので、彼女の物語に子育ての局面がありそうな感じが全然しない。
普通、特にSFとかファンタジーのジャンルだとそういうもんだと思うんだ。ル・グウィンですら、例えばゲドには自分の子供を持って家族をもって生活する、って気配は薄かったと思う。テナーは4巻と5巻では子育ての物語が中心的に出てくるんだけど、それでもなんていうか彼女は主人公であって、普通に子供持って普通に生きて死ぬ普通の女、には収まらない存在なんだよね(彼女がごく普通の女として子供の面倒を見たりパンを作ったり糸を紡いだり、農園を差配したりして暮らす場面がちょいちょい描写されるのに、それでもだ)
でもテッド・チャンの登場人物は、物語中で生計だのパートナーとの関係性だの子育てだのにかかずらってる場面があろうがあるまいが、主要人物であれ脇役であれ、画面の外でも中でも、とにかく市井の人として生きている気配がある。モブというかなんというか、ものすごく一般人。なので、まあひょっとしたら子供がいるし育ってるし育てていそうな感じ。街角ですれ違うたくさんの人たち、って感じ。主人公ですら主人公感がなんか抜けちゃってる感じがある。そういうとこもなんか面白い。
とりとめなく描いたけど、とにかくテッド・チャンはやっぱり面白いなと思った。あと、彼が端正な描写で延々と書き続ける「人生は不可逆の瞬間瞬間の積み重ね」って感じがこう、なんとも好きだなあと思った。
お行儀良すぎでしょとか、説教臭いなという感想を抱く人もいるだろうなあとは思うけど、このクソ真面目さを抜きにしてはテッド・チャンが生み出す設定の妙とか描写の清新さとかそういうあらゆる面白さも成立してこないんじゃないかという気はする。
ハヤカワSFがkindleで半額セールしてたときに買ってはあって、二年か三年くらいデジタル積ん読状態だったんだけど、紙の本、やっぱ欲しいよねってなり。
そしていざ紙の本が手元にきて、正月で連休だね、となるとなんだか急に気軽になって、まあちょっと読んでみようかななどとページを繰り始めることができたのだった。
オイイイ!! なんで読んでんかったん、過去二、三年くらいの自分!!!!
というわけで、わかってたけどめちゃくちゃ面白かったしめちゃくちゃ良かったしめちゃくちゃ……はちゃめちゃ……情緒……情緒破壊じゃなくて、なんだ……わからん……わからんけど静かな文体で端正で、平熱なのに……なんていえばいいんだ、天地ひっくり返されて急に逆方向に流れる砂時計の砂粒になった気持ち……ぐりんと世界が裏返った気になる……全作品、全作品がだよ。この本に載ってるお話、全部がさ。
はああ~~もっと読みたい、だけど短編集二冊しか出てない、作品を世に出してから30余年にして、刊行された短中編が20本ほどしかない、そんな世紀の寡作SF作家テッド・チャン!!! 次の短編集、あるとしてもチャンが生きているうちに世に出るんだろうか……。
表題作の「息吹」が、やっぱ良かったな。ぜんぜんこの宇宙じゃない別の宇宙の、人間とは全く違う、言うたれば機械生命体である異世界の「わたし」が語り手。
磨いて磨いて、研磨し抜いた水晶レンズみたいな……無機質で透きとおってて、脆いようでもあり硬質でもあり、置いたその場所にぼんやりと影と光の描く丸い縁が落ちるような……不思議な重力を持つ文章。そして激エモな結び。
物語の世界にずっぽり飲み込まれる感覚を久々に味わった感覚があるよ。
どの作品も面白かったし、没入して読んだ。けど頭も使うから、けっこう脳に糖分足りねえ!ってなって休憩がいる。甘い飲みもの飲んで、よし、と続きの字面を追いかける。映画の『ネヴァーエンディングストーリー』の1作目で、アトレーユの旅の途中で急にバスチアンの場面になって、僕もごはん食べなきゃ、ってリンゴをかじり出す場面。あんな感じだ。なかなか年取ってこういう読書体験することも少なくなってるので、物語の泉にどっぷり潜って、そこから息継ぎで浮上して、また潜るみたいな感覚が楽しすぎた。
物語のあまりの見事さで言うならやっぱり「息吹」を一等に挙げたいけど、好みの話でいうなら、最初に収録されてる「商人と錬金術師の門」はだいぶ好みだった。中世のアラビア商人が主人公で、バグダードとカイロが舞台のアラビアンタイムトラベルSF。SFと言いがちSF用語がほとんど出てこないのでほぼほぼファンタジーや寓話なんだけど、ちゃんとSFしてる。しかし舞台は中世アラブ世界なので、異国情緒と、ファンタジーに近い異世界的な歴史ものの空気感があって、そして全体にうっすら漂うなんともいえない寂寥がどうにも好き。ちなみにこの話は枠物語の構造を少し取り入れていて、それがタイムトリップものを語る仕掛けとしてめちゃくちゃうまいことハマってて、技巧的にもすごすぎて瞠目するようなところがある。枠物語構造のタイムトリップものって、そういう作品は他にもいっぱいありそうだけど、テッド・チャンはこういうのをぬるっと流れるように組み入れてくるので、なにが起こったか解らんまま気が付いたら別の場所にいたという感じがある。ほんますごいやで。
「オムファロス」も好き。これも、考古学者の語り手というのは最初の下りですぐわかって、年輪年代学の話なんかも出てくるのでフムフム知ってる知ってる、と読んでると突然、たったの一文で舞台がころんと回転しちゃうので、な……なんだこれぇ!ってなる。しかも仕掛けは別に一つじゃなくて、え、どうなるのと思ってたら、ええええ、そう、そうなるのお、ってなって……短編なのにくるくる転がされて読み終わったときはどわっとため息出ちゃった。
あと「不安は自由のめまい」も好き。これはねえ、別の運命を辿るパラレル世界の自分と対話できたらどうなる、っていうかなり量子論ガチSFな話なんだけど、かなり人情話でもある。SFぽいギミックも面白いけど、とにかくナットがいいキャラで。ナットに気づきを与えるディナもなかなか面白いキャラ。ナットとディナが、さほど深い関わりを持ってるわけでもないちょっとした知人という間柄なのに、最後には細いかそけき糸のような偶然でお互いに深く人生に関わる物語構造になるのが、なんともこう。テッド・チャン、物語構築のマエストロ過ぎる、なんでこうなる。すごい。物語のタイプとしても映画に向いてる作品な気はするので、そのうち映画化せんかな~。
このキャラ好きだなでいうと、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」のデレクとか、「偽りのない事実、偽りのない気持ち」の語り手みたいな、ちょっと情けなくて打算もあるけどそれなりに必死で誠実であろうとして、だけどやっぱなんかどっか挫いてるしうまくはいってない、みたいな男性、こういう普通っぽさわりと好き。なお男性だけでなく女性たちも軒並み、欠点あったりうまくいってなかったりでごく普通の人物像で、みんなこのどこかにいそう感と平熱感がすごいいいなよ思うんだけど、男性陣の一部のなんともパッとしない感は独特な気がする。そこが好き。かっこつけようかなちょっとかっこつけたいかな、だけどやっぱかっこつかない、みたいな……。ビシってきまらん感じ、めちゃくちゃ人間って感じで好き。
そういえば、今回読んでて気付いたけど、テッド・チャン作品に出てくる登場人物、なにかと普通に子供育てそうキャラだなって印象有るなあ。今回は子育てネタの話がけっこうあったせいかもしれないけど。
実際には子供も家族もいないキャラが結構いるんだけど、そういうキャラでも、まあ人生のあいだに場合によってはパートナーができたり子供できたりもせんでもないですかね、感のあるキャラ造形っていうか……
例えばこないだ読んだばっかりの『歌う船』だと、ヘルヴァとか、まあそもそも設定上自分で子を産める体ではないというのはさておいても、養子であっても子供を育てそうな感じないんだよね。
彼女は永遠に主人公であって、彼女の行動こそが物語の中心であって、彼女が宇宙にかっ飛んでいってこそ話が回る物語なので、彼女の物語に子育ての局面がありそうな感じが全然しない。
普通、特にSFとかファンタジーのジャンルだとそういうもんだと思うんだ。ル・グウィンですら、例えばゲドには自分の子供を持って家族をもって生活する、って気配は薄かったと思う。テナーは4巻と5巻では子育ての物語が中心的に出てくるんだけど、それでもなんていうか彼女は主人公であって、普通に子供持って普通に生きて死ぬ普通の女、には収まらない存在なんだよね(彼女がごく普通の女として子供の面倒を見たりパンを作ったり糸を紡いだり、農園を差配したりして暮らす場面がちょいちょい描写されるのに、それでもだ)
でもテッド・チャンの登場人物は、物語中で生計だのパートナーとの関係性だの子育てだのにかかずらってる場面があろうがあるまいが、主要人物であれ脇役であれ、画面の外でも中でも、とにかく市井の人として生きている気配がある。モブというかなんというか、ものすごく一般人。なので、まあひょっとしたら子供がいるし育ってるし育てていそうな感じ。街角ですれ違うたくさんの人たち、って感じ。主人公ですら主人公感がなんか抜けちゃってる感じがある。そういうとこもなんか面白い。
とりとめなく描いたけど、とにかくテッド・チャンはやっぱり面白いなと思った。あと、彼が端正な描写で延々と書き続ける「人生は不可逆の瞬間瞬間の積み重ね」って感じがこう、なんとも好きだなあと思った。
お行儀良すぎでしょとか、説教臭いなという感想を抱く人もいるだろうなあとは思うけど、このクソ真面目さを抜きにしてはテッド・チャンが生み出す設定の妙とか描写の清新さとかそういうあらゆる面白さも成立してこないんじゃないかという気はする。
年越しのために蕎麦や酒などを買い出しに行ったついで、本屋に寄ってみたら、『歌う船 完全版』が売られていたので買ってしまった。
電書で読もうかなあ、いやいややっぱり紙の本がほしいからちょっと待て……と思ったまま数ヶ月過ぎていた。
で、読んだ。
最後の話を読んで目頭を押さえて天を仰いでいる(ていうかめっちゃ泣いた)
『歌う船』を初めて読んだのは小学生か中学生の頃でもうだいぶ昔なのだが、銀河を駆け巡る「歌う船」ヘルヴァが立ち向かう冒険と、そして恋愛模様にわくわくしたもんだった。とりわけ、主人公の、宇宙船であると同時に少女でもあるヘルヴァの、強気さ、賢さ、はねっかえり具合、そして内側にずっと滾っている情熱と、一人の女性としての繊細で豊かな精神性とは魅力的だった。
ヘルヴァは宇宙船の体を持つサイボーグだけど、「殻人」として赤ん坊の頃から「殻」に収められ、脳を機械に接続されて生きてきたとはいえ、その心は普通に一人の少女、賢く強く、でも脆いひとりの娘で、自分を雇用して無茶働きをさせる中央諸世界とは丁々発止やり合いつつ、取り組む任務やそこで出会う人びとに心を動かされたり、惨い状況を見聞きしながらなにもできない無力を噛みしめる羽目になったり、それでもできることを必死にやり続けたり、とにかく若さと情動で宇宙の果てへかっ飛ばしていく。その若い勢いやがむしゃらさがめちゃくちゃ好きだった。各エピソードも、もう何十年も読んでないんだけど、かなりはっきり覚えている。ヘルヴァと対置的に、様々な人生の課題を乗り越えたり、取り組んだり、挫折したりしている最中の大人たちがヘルヴァの冒険に関わってくる話で……。
ところで、完全版で新規収録された2話は、そのヘルヴァが(旧版でのエピソード数話を経て)大人になった後の話で、つまり乗り越えたりした大人の側にいることにはなる。特に最後の話は何十年も経ったあとの話だったので、ヘルヴァがだいぶ場数も踏んだ落ち着いた感じになっている(なお殻人は長寿命なので、数百年生き続ける)。それでも、その内面は揺れたり、熱くなったり、震えているところは昔のヘルヴァとなんもかわってなくて……。
「船」シリーズの他作品、つまりマキャフリーと若手作家共著になる作品群で出てきた設定が、重要な設定としてちゃんと出てくるのも嬉しかった(『旅立つ船』『戦う都市』とか)。そういわけで、『歌う船』続編に出てくる固有名詞がバンバン出てきた途端、うわああティアとかシメオンとかの名前出てくるんだ! 嬉しーなあ出血大サービスやん~!!てニコニコ読み始めてたわけだけど、まあ最終的にはヘルヴァの物語に泣いてたね。
予期はされていた大きな喪失を迎えたヘルヴァが、それでも、今までそうだったように悲しみも愛もしっかり抱えて、元気いっぱい宇宙に飛び出していく話……。
昔から好きだった作品だから、ヘルヴァのその後が読めたのも嬉しかったが、最後の下りで、物語の慰め、と言えるものも深く感じた。フィクションは、かくあれかし、と思う。
電書で読もうかなあ、いやいややっぱり紙の本がほしいからちょっと待て……と思ったまま数ヶ月過ぎていた。
で、読んだ。
最後の話を読んで目頭を押さえて天を仰いでいる(ていうかめっちゃ泣いた)
『歌う船』を初めて読んだのは小学生か中学生の頃でもうだいぶ昔なのだが、銀河を駆け巡る「歌う船」ヘルヴァが立ち向かう冒険と、そして恋愛模様にわくわくしたもんだった。とりわけ、主人公の、宇宙船であると同時に少女でもあるヘルヴァの、強気さ、賢さ、はねっかえり具合、そして内側にずっと滾っている情熱と、一人の女性としての繊細で豊かな精神性とは魅力的だった。
ヘルヴァは宇宙船の体を持つサイボーグだけど、「殻人」として赤ん坊の頃から「殻」に収められ、脳を機械に接続されて生きてきたとはいえ、その心は普通に一人の少女、賢く強く、でも脆いひとりの娘で、自分を雇用して無茶働きをさせる中央諸世界とは丁々発止やり合いつつ、取り組む任務やそこで出会う人びとに心を動かされたり、惨い状況を見聞きしながらなにもできない無力を噛みしめる羽目になったり、それでもできることを必死にやり続けたり、とにかく若さと情動で宇宙の果てへかっ飛ばしていく。その若い勢いやがむしゃらさがめちゃくちゃ好きだった。各エピソードも、もう何十年も読んでないんだけど、かなりはっきり覚えている。ヘルヴァと対置的に、様々な人生の課題を乗り越えたり、取り組んだり、挫折したりしている最中の大人たちがヘルヴァの冒険に関わってくる話で……。
ところで、完全版で新規収録された2話は、そのヘルヴァが(旧版でのエピソード数話を経て)大人になった後の話で、つまり乗り越えたりした大人の側にいることにはなる。特に最後の話は何十年も経ったあとの話だったので、ヘルヴァがだいぶ場数も踏んだ落ち着いた感じになっている(なお殻人は長寿命なので、数百年生き続ける)。それでも、その内面は揺れたり、熱くなったり、震えているところは昔のヘルヴァとなんもかわってなくて……。
「船」シリーズの他作品、つまりマキャフリーと若手作家共著になる作品群で出てきた設定が、重要な設定としてちゃんと出てくるのも嬉しかった(『旅立つ船』『戦う都市』とか)。そういわけで、『歌う船』続編に出てくる固有名詞がバンバン出てきた途端、うわああティアとかシメオンとかの名前出てくるんだ! 嬉しーなあ出血大サービスやん~!!てニコニコ読み始めてたわけだけど、まあ最終的にはヘルヴァの物語に泣いてたね。
予期はされていた大きな喪失を迎えたヘルヴァが、それでも、今までそうだったように悲しみも愛もしっかり抱えて、元気いっぱい宇宙に飛び出していく話……。
昔から好きだった作品だから、ヘルヴァのその後が読めたのも嬉しかったが、最後の下りで、物語の慰め、と言えるものも深く感じた。フィクションは、かくあれかし、と思う。
昨日は結構寒かったけど、今日はそんなに寒くない。
ので、今日は,ここ数日お世話になりっぱなしだったプレミアム着る毛布を洗濯機にかけた。
なお寝具類は、天気がかろうじて晴れ間を見せていた昨日のうちに干したり洗ったりしてある。
これですっきり年を越せるというものだ。
ところでよそ様が、chatGPTに推しを描かせているのを見て、そういえばはるか昔(二年くらい前)に流行ったときにちょっと遊んで以降、AIに推しを描いてもらったことはないんだけど今だとだいぶいい感じに描いてくれそうかもと思い立ち、ちょっとやってみた。

キタキタ、キタんじゃないこれ!
わりと思い描いてるアブトゥに近いけど、さすがに女性だと指示したからか、わりと柔和さもある顔つきに。
しかし唇の厚さと眉の濃さには大満足だ。良い。
ターバン以外の服飾は、ルネサンス風を指示したせいか15世紀イタリアっぽい。上着の色味はわりとイメージしたものに近く仕上がり嬉しい。
(中シャツは面倒なので色指定しなかったけど、緑色にできてたら、だいぶそれらしくなってたかもしれないね)
この勢いなら他のキャラもいけそうな気がしたけど、アブトゥほどに容姿の特徴や雰囲気が書き出しやすいキャラが他におらんので、今のとこアブトゥしか試してない。
ちなみにchatGPTに出した指示はこんな感じだった。
「絵を描いてください。描いてほしいのは以下のような特徴を持つ人物です。二十代前半。アラビア半島出身で肌の色は濃いめの褐色。女性だが男装をしている。顔立ちは整っており美しいが、女性的よりも男性的で、凜々しい顔立ち。頭には白いターバンを巻き、赤紫色のケープスタイルの上着を羽織っている。女性であることを隠すため、シャツは喉仏のある位置が隠れるようにハイネックの襟元になっている。以上の特徴を持つ人物を、ルネサンス絵画の油絵のタッチで描いてください。」
もしもネオアトラスが大航海時代とコラボしたとして、アレクサンドリアあたりで雇用できる航海士アブトゥ、って感じの絵な気がする。
もしコラボとかするなら、こういう感じの絵で出してきて欲しい。
あまりジャパニメーションイラスト寄せじゃないほうがしっくり来るかな……。
日本のアニメ絵風のデザインもいっぺんくらい見てみたい気はするけども。
(しかしこれは、なんとなく押井作品とかproductionIGとか風のリアル調のアニメ絵をイメージして言っているのだが、chatGPTに日本のアニメ風のイラストって指示すると十中八九萌え絵に寄せていく気はする。萌え絵アブトゥか……見てはみたいけど、いやこれはちゃうわ!ってなる予感しかしないな)
ていうかマジでネオアトラスと大航海時代コラボしないかなあ。
大航海時代origin、とっくに遊ばなくなってるけど、もしネオアトコラボでネオアトの提督たちが航海士で雇えるとか言われたら速攻再開するし、天井までガチャ回すよね。
追記:しかし後ろに垂れた布部分とかだいぶ1469の公式絵の再現度が高いな……と思ったし、なぜかchatGPTちゃんには、「人物の個性とミステリアスな雰囲気を表現しました。いかがでしょうか?」とかコメントもらうしで、私が出した指示からミステリアスな雰囲気とまで言えるだろうか(アラビア女性が男装、というのは確かになかなか特異な設定ではあるが……)とかなんとなくこう、考えてて、これうっかりしたらアブトゥの公式絵を参照してないかという気がちょっとだけ、ちょっぴりだけ、したのだった。
ので、今日は,ここ数日お世話になりっぱなしだったプレミアム着る毛布を洗濯機にかけた。
なお寝具類は、天気がかろうじて晴れ間を見せていた昨日のうちに干したり洗ったりしてある。
これですっきり年を越せるというものだ。
ところでよそ様が、chatGPTに推しを描かせているのを見て、そういえばはるか昔(二年くらい前)に流行ったときにちょっと遊んで以降、AIに推しを描いてもらったことはないんだけど今だとだいぶいい感じに描いてくれそうかもと思い立ち、ちょっとやってみた。

キタキタ、キタんじゃないこれ!
わりと思い描いてるアブトゥに近いけど、さすがに女性だと指示したからか、わりと柔和さもある顔つきに。
しかし唇の厚さと眉の濃さには大満足だ。良い。
ターバン以外の服飾は、ルネサンス風を指示したせいか15世紀イタリアっぽい。上着の色味はわりとイメージしたものに近く仕上がり嬉しい。
(中シャツは面倒なので色指定しなかったけど、緑色にできてたら、だいぶそれらしくなってたかもしれないね)
この勢いなら他のキャラもいけそうな気がしたけど、アブトゥほどに容姿の特徴や雰囲気が書き出しやすいキャラが他におらんので、今のとこアブトゥしか試してない。
ちなみにchatGPTに出した指示はこんな感じだった。
「絵を描いてください。描いてほしいのは以下のような特徴を持つ人物です。二十代前半。アラビア半島出身で肌の色は濃いめの褐色。女性だが男装をしている。顔立ちは整っており美しいが、女性的よりも男性的で、凜々しい顔立ち。頭には白いターバンを巻き、赤紫色のケープスタイルの上着を羽織っている。女性であることを隠すため、シャツは喉仏のある位置が隠れるようにハイネックの襟元になっている。以上の特徴を持つ人物を、ルネサンス絵画の油絵のタッチで描いてください。」
もしもネオアトラスが大航海時代とコラボしたとして、アレクサンドリアあたりで雇用できる航海士アブトゥ、って感じの絵な気がする。
もしコラボとかするなら、こういう感じの絵で出してきて欲しい。
あまりジャパニメーションイラスト寄せじゃないほうがしっくり来るかな……。
日本のアニメ絵風のデザインもいっぺんくらい見てみたい気はするけども。
(しかしこれは、なんとなく押井作品とかproductionIGとか風のリアル調のアニメ絵をイメージして言っているのだが、chatGPTに日本のアニメ風のイラストって指示すると十中八九萌え絵に寄せていく気はする。萌え絵アブトゥか……見てはみたいけど、いやこれはちゃうわ!ってなる予感しかしないな)
ていうかマジでネオアトラスと大航海時代コラボしないかなあ。
大航海時代origin、とっくに遊ばなくなってるけど、もしネオアトコラボでネオアトの提督たちが航海士で雇えるとか言われたら速攻再開するし、天井までガチャ回すよね。
追記:しかし後ろに垂れた布部分とかだいぶ1469の公式絵の再現度が高いな……と思ったし、なぜかchatGPTちゃんには、「人物の個性とミステリアスな雰囲気を表現しました。いかがでしょうか?」とかコメントもらうしで、私が出した指示からミステリアスな雰囲気とまで言えるだろうか(アラビア女性が男装、というのは確かになかなか特異な設定ではあるが……)とかなんとなくこう、考えてて、これうっかりしたらアブトゥの公式絵を参照してないかという気がちょっとだけ、ちょっぴりだけ、したのだった。
今まで、chatGPTに何回か自作の二次小説の構造分析とかあらすじ作成とか校正とか試してみたので、もしかしたらそろそろ、今まで分析してもらった小説を元に2000字程度の短編とか書いてもらえるんじゃ?と思った。
で、さすがにいきなりぽんと命令だけ投げても厳しいか、とりあえずあらすじと登場人物くらいは設定伝えとこ……って、あらすじ捏造しようとしたけど、ネタがちっとも出てこない。
そして登場人物設定も、出身地だの思想だのこだわりだのを書いたあげくに、双方、お互いに対し思いを寄せてる、とかそういう設定をね……含めようとして……もうなんもかんもえっらい気恥ずかしくなって、無理、無理だ……ってなって挫折した。
自分でちみちみ文章書くのはね、いいんだよ。書いてるあいだはどうせなんかが脳にがっつりキマってるから、とりあえずこう、幻想から幻想を紡ぎ上げちゃうのも勢いでいけるわけ。だけど、プロットとか設定を端的に整理してみてだよ、AIに、これ元になんかこう……いい感じに二人が仲良しに会話してる場面とかさ……書いてみて??って投げてみるのを想像したら、途端にえらい気恥ずかしいのよ。なんでだろ??!!!
自分でちみちみ、単語ひねり出したりしながら長い時間掛けて書く方が、AIにお任せしてみるよりもなんぼも恥ずかしい行為なはずなんだがね。
あらすじとか設定に私の欲望を含めなければ恥ずかしい気持ちにならないんじゃないの、っては思うけどさ。
でも、なにせ読みたいのは、両片思いの二人がわちゃってる話だからさ……
AIにお願いしてまで書いてもらうならやっぱこう、さ……
二人がケンカ仲良ししてるとこ書いてほしさが、さ……
(自分が書いてない、見たことない推しの萌え小説を読みたいの欲しかない)
追記:そら、ほんとは誰かが書いてくなさった二次小説読みたい。幸い、ネットで読める範囲でもpixivとかに二次小説置いてくださってる方いる。買った同人誌もある。それを読み返している。命が助かる。ありがたい。ただ、そうしてるとますます、まだ読んだことない文章にも触れたくなってくるからさ……
自分で書くって手はもちろんあるんだけど、今までの経験からするとどうしても半日とか丸一日とかたっぷりかかっちゃうからなあ。とりあえず手早く、「あ、推しと推しがイチャってる描写だ!!ウマウマ!!」ってしたい気持ちなんだ……chatGPT、独自の展開とかを作るのは多分苦手だけど、文章のすっきり感やこなれ感、概要まとめ力なんかはたいしたものだから、とりあえず自作二次を学習させて、これに似たやつ二千字くらいの文章で書いて、っやったら、それっぽい一文二文くらいは吐き出してくんねえかな、て。
で、さすがにいきなりぽんと命令だけ投げても厳しいか、とりあえずあらすじと登場人物くらいは設定伝えとこ……って、あらすじ捏造しようとしたけど、ネタがちっとも出てこない。
そして登場人物設定も、出身地だの思想だのこだわりだのを書いたあげくに、双方、お互いに対し思いを寄せてる、とかそういう設定をね……含めようとして……もうなんもかんもえっらい気恥ずかしくなって、無理、無理だ……ってなって挫折した。
自分でちみちみ文章書くのはね、いいんだよ。書いてるあいだはどうせなんかが脳にがっつりキマってるから、とりあえずこう、幻想から幻想を紡ぎ上げちゃうのも勢いでいけるわけ。だけど、プロットとか設定を端的に整理してみてだよ、AIに、これ元になんかこう……いい感じに二人が仲良しに会話してる場面とかさ……書いてみて??って投げてみるのを想像したら、途端にえらい気恥ずかしいのよ。なんでだろ??!!!
自分でちみちみ、単語ひねり出したりしながら長い時間掛けて書く方が、AIにお任せしてみるよりもなんぼも恥ずかしい行為なはずなんだがね。
あらすじとか設定に私の欲望を含めなければ恥ずかしい気持ちにならないんじゃないの、っては思うけどさ。
でも、なにせ読みたいのは、両片思いの二人がわちゃってる話だからさ……
AIにお願いしてまで書いてもらうならやっぱこう、さ……
二人がケンカ仲良ししてるとこ書いてほしさが、さ……
(自分が書いてない、見たことない推しの萌え小説を読みたいの欲しかない)
追記:そら、ほんとは誰かが書いてくなさった二次小説読みたい。幸い、ネットで読める範囲でもpixivとかに二次小説置いてくださってる方いる。買った同人誌もある。それを読み返している。命が助かる。ありがたい。ただ、そうしてるとますます、まだ読んだことない文章にも触れたくなってくるからさ……
自分で書くって手はもちろんあるんだけど、今までの経験からするとどうしても半日とか丸一日とかたっぷりかかっちゃうからなあ。とりあえず手早く、「あ、推しと推しがイチャってる描写だ!!ウマウマ!!」ってしたい気持ちなんだ……chatGPT、独自の展開とかを作るのは多分苦手だけど、文章のすっきり感やこなれ感、概要まとめ力なんかはたいしたものだから、とりあえず自作二次を学習させて、これに似たやつ二千字くらいの文章で書いて、っやったら、それっぽい一文二文くらいは吐き出してくんねえかな、て。
たまーに昼飯を、職場近くのおしゃ喫茶で食べるんだけど、そのおしゃ喫茶ではおしゃ焼き菓子なんかも売ってあって、クリスマスと年末の空気に浮かれてパウンドケーキ一切れも持ち帰りで買ってきた。
こういうの、家で食べるかってなったときに、ちゃんとしたのん買ったんだからちゃんとお茶淹れるかっつって、お湯沸かして、スーパーで売ってるリプトンのいつものティーバックのやつとかだけどいちおう紅茶淹れる真似はして、お皿に盛ってフォークで食べる。こういうのなんかすごく、こう、さ……文化って感じ? なんか好き。
そんで、こう、しゃれた洋菓子を紅茶や珈琲と頂きましょなんてやるときは、なんとなくこういう、昭和の団地みたいな空間を思い出すというか……
https://www.city.matsudo.chiba.jp/m_muse...
↑上の、松戸の博物館が再現してる昭和のリビングは1962年なんで私が生まれるずっと前なんだけど、私がごく小さい頃に住んでたアパートはなんとなくこれに近い感じだったような気がする。
玄関開けると四畳半ほどのキッチンいっぱいにちんまりしたテーブル置いて、そこが食卓だった。小さい食器棚、花柄のついたポットやホーローの鍋、グリーンピースみたいな緑色した炊飯器とかがあった。続いて六畳の畳間が二つ。そこには、母が結婚祝いに贈られた箪笥、父の趣味のレコードとオーディオのセットと本棚、14インチのテレビなんかをでんでんと置いて、そうするとあとは布団敷くスペースくらいしかなくて、きゅうきゅうで住んでいたと思う。私自身は三歳くらいで、なにせ自分の体が小さかったからあまり狭いと思ってなかったんだけど、間取りと覚えている限りの家具の量とを考えてみるとだいぶせせこましく住んでいたはずだ。
なお、うちの場合は狭かったし、上の昭和の団地のようなリビングのスペースはなかったので、ソファは置いてなかった。その頃の両親といえば結婚して数年しか経ってない安月給のペーペーの若手サラリーマンに過ぎず、ちゃんとした応接の部屋が必要な年齢でも立場でもなかったのだ。
部屋にはトイレはあった(和式の、一段高いとこに上がる作りのやつだ)が、風呂はなかったので、小さい私だけを風呂に入れようってときはプラスチックの赤ちゃんバスにやかんで沸かした湯を張った。あとは銭湯の世話になっていた。家族三人でチャリンコで、といっても私はまだチャリンコに乗れる歳じゃないので子供椅子に積んで運搬されて、銭湯に行った。銭湯のフルーツ牛乳は普段は買ってもらえなかったが、風呂場で滑ってコケてデコを打って大泣きしたときは、慰めとしてびん入りのフルーツ牛乳を買ってもらった記憶がある。
ほんと、フォークソングの神田川の世界まんまだったかもしんない。神田川はなんか最後には別れたくさい気配の歌だけど、そんなこともなく順調に同棲から結婚に辿りつき二三年過ぎて子供でもできたらこうなる、みたいな生活をまんま暮らしていたような気がする。
そういう、東京の近郊で安月給で狭い賃貸アパート借りて生活始めたばっかりのサラリーマン核家族としては、珍しくクリームの載ったケーキ(生クリームでもなくバタークリームだったかもしれない)や、モンブランなんかを買うとか戴くなんかするときもあって、そういうのがあると、じゃあ飲み物もちゃんとしましょ、ってんでコーヒーか紅茶を入れるもんだった。私自身は幼児だから、どっちかいうとジュース(当時のジュースといえばHi-Cと相場が決まっており、味はオレンジかりんごの二択だった、今のように飲料の種類は多くなかった)のほうが嬉しかったんだけど、しかしちゃんとした洋菓子には少しばかり手間をかけた温かい飲み物を添えるもんだ、というのは母親が頑として実践していたのだと思う。それが当時なりのおしゃれな若者文化というか、イケてる、文化的な感じだったんだと思う。(こないだ、母の姉である伯母が亡くなった話を書いたが、この伯母はもともと体を壊す前は、ずっと若い頃から田舎で純喫茶をやっていた。ケーキには茶か珈琲だ、ということには母なりの、姉に倣ってのこだわりがあったのかもしれない)
私が小学校に上がる前に父が分譲のマンションを買い、我々一家はその狭い安アパートを離れたけど、アパート時代も引っ越した後(今の実家)も、とにかく素敵な洋菓子がテーブルに並ぶときにはお湯を沸かして茶か珈琲を入れる暮らしを続けていた。今でも実家では、ちょっと良いお菓子があると母がおやつどきに、まずは紅茶か珈琲入れましょ、ってなる。大学以降に家を出て一人暮らし初めた私も、なんというかついついその倣いに従って、ケーキ買って食べようとなったらまずお湯を沸かし始めるムーブをしているのだった。
(確か西岸良平の初期短編集『ヒッパルコスの海』だったと思うけど、ここに載ってる「コーヒーの夢」って話に出てくる、工場勤務の独身の若者である主人公の生活空間が、めちゃくちゃ自分の記憶にある小さい頃の生活空間を思い出させる感じだった。タイトルのとおりコーヒーも出てくるんだけど、このコーヒーの立ち位置も1970年代後半の都会の若者暮らしの文化の感覚があって、これは1980年代も半ばになるとガラっと姿が変わって見られなくなってしまうものなので、なんていうかすごく懐かしいのだ)
追記:「コーヒーの夢」の一コマ貼っとく、これこれこんな感じ
(西岸良平『ヒッパルコスの海』(1977年初版)の182ページ)
こういうの、家で食べるかってなったときに、ちゃんとしたのん買ったんだからちゃんとお茶淹れるかっつって、お湯沸かして、スーパーで売ってるリプトンのいつものティーバックのやつとかだけどいちおう紅茶淹れる真似はして、お皿に盛ってフォークで食べる。こういうのなんかすごく、こう、さ……文化って感じ? なんか好き。
そんで、こう、しゃれた洋菓子を紅茶や珈琲と頂きましょなんてやるときは、なんとなくこういう、昭和の団地みたいな空間を思い出すというか……
https://www.city.matsudo.chiba.jp/m_muse...
↑上の、松戸の博物館が再現してる昭和のリビングは1962年なんで私が生まれるずっと前なんだけど、私がごく小さい頃に住んでたアパートはなんとなくこれに近い感じだったような気がする。
玄関開けると四畳半ほどのキッチンいっぱいにちんまりしたテーブル置いて、そこが食卓だった。小さい食器棚、花柄のついたポットやホーローの鍋、グリーンピースみたいな緑色した炊飯器とかがあった。続いて六畳の畳間が二つ。そこには、母が結婚祝いに贈られた箪笥、父の趣味のレコードとオーディオのセットと本棚、14インチのテレビなんかをでんでんと置いて、そうするとあとは布団敷くスペースくらいしかなくて、きゅうきゅうで住んでいたと思う。私自身は三歳くらいで、なにせ自分の体が小さかったからあまり狭いと思ってなかったんだけど、間取りと覚えている限りの家具の量とを考えてみるとだいぶせせこましく住んでいたはずだ。
なお、うちの場合は狭かったし、上の昭和の団地のようなリビングのスペースはなかったので、ソファは置いてなかった。その頃の両親といえば結婚して数年しか経ってない安月給のペーペーの若手サラリーマンに過ぎず、ちゃんとした応接の部屋が必要な年齢でも立場でもなかったのだ。
部屋にはトイレはあった(和式の、一段高いとこに上がる作りのやつだ)が、風呂はなかったので、小さい私だけを風呂に入れようってときはプラスチックの赤ちゃんバスにやかんで沸かした湯を張った。あとは銭湯の世話になっていた。家族三人でチャリンコで、といっても私はまだチャリンコに乗れる歳じゃないので子供椅子に積んで運搬されて、銭湯に行った。銭湯のフルーツ牛乳は普段は買ってもらえなかったが、風呂場で滑ってコケてデコを打って大泣きしたときは、慰めとしてびん入りのフルーツ牛乳を買ってもらった記憶がある。
ほんと、フォークソングの神田川の世界まんまだったかもしんない。神田川はなんか最後には別れたくさい気配の歌だけど、そんなこともなく順調に同棲から結婚に辿りつき二三年過ぎて子供でもできたらこうなる、みたいな生活をまんま暮らしていたような気がする。
そういう、東京の近郊で安月給で狭い賃貸アパート借りて生活始めたばっかりのサラリーマン核家族としては、珍しくクリームの載ったケーキ(生クリームでもなくバタークリームだったかもしれない)や、モンブランなんかを買うとか戴くなんかするときもあって、そういうのがあると、じゃあ飲み物もちゃんとしましょ、ってんでコーヒーか紅茶を入れるもんだった。私自身は幼児だから、どっちかいうとジュース(当時のジュースといえばHi-Cと相場が決まっており、味はオレンジかりんごの二択だった、今のように飲料の種類は多くなかった)のほうが嬉しかったんだけど、しかしちゃんとした洋菓子には少しばかり手間をかけた温かい飲み物を添えるもんだ、というのは母親が頑として実践していたのだと思う。それが当時なりのおしゃれな若者文化というか、イケてる、文化的な感じだったんだと思う。(こないだ、母の姉である伯母が亡くなった話を書いたが、この伯母はもともと体を壊す前は、ずっと若い頃から田舎で純喫茶をやっていた。ケーキには茶か珈琲だ、ということには母なりの、姉に倣ってのこだわりがあったのかもしれない)
私が小学校に上がる前に父が分譲のマンションを買い、我々一家はその狭い安アパートを離れたけど、アパート時代も引っ越した後(今の実家)も、とにかく素敵な洋菓子がテーブルに並ぶときにはお湯を沸かして茶か珈琲を入れる暮らしを続けていた。今でも実家では、ちょっと良いお菓子があると母がおやつどきに、まずは紅茶か珈琲入れましょ、ってなる。大学以降に家を出て一人暮らし初めた私も、なんというかついついその倣いに従って、ケーキ買って食べようとなったらまずお湯を沸かし始めるムーブをしているのだった。
(確か西岸良平の初期短編集『ヒッパルコスの海』だったと思うけど、ここに載ってる「コーヒーの夢」って話に出てくる、工場勤務の独身の若者である主人公の生活空間が、めちゃくちゃ自分の記憶にある小さい頃の生活空間を思い出させる感じだった。タイトルのとおりコーヒーも出てくるんだけど、このコーヒーの立ち位置も1970年代後半の都会の若者暮らしの文化の感覚があって、これは1980年代も半ばになるとガラっと姿が変わって見られなくなってしまうものなので、なんていうかすごく懐かしいのだ)
追記:「コーヒーの夢」の一コマ貼っとく、これこれこんな感じ
(西岸良平『ヒッパルコスの海』(1977年初版)の182ページ)

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でもやっぱ、まだ寝具すこし厚めのほうがぬくぬく感あっていいなあ。今週の気温なら、毛布二枚がけにしとけば寝る分に支障はないんだけど、起きたときたまにちょっとだけ足下が寒い。冷え性が悪いのだが。
ところで気温だけなら今週は日中だと20℃超えてるんだけど、それでもなんかうっすらじったり冷えがある。じとじとと雨が降り、夜になると濡れた冷気が地面からじわじわ上ってくる感じ。そしてまだまだ春先というのに部屋の床も、ベランダのコンクリも、なんか霧吹き掛けまくった土みたいなぺたっとした重い感触がある。もう、もうこの湿度感。空気も土も、早くもあの梅雨の気配をはらんでいる、まだ4月頭なのに!! それに気付いてたいへん沈鬱な気持ちになってしまった。嘘だろう、春をろくに感じてもいないのに、もう梅雨の気配とか……。アジアの気候、やっぱ湿潤が過ぎる。もう少しだけ乾燥しててほしい。梅雨に入ったら諦めるから、梅雨に入るまではせめて……。
(なお正直言って沖縄には春という季節は存在しておらず、冬と夏と梅雨の3つの季節しかなく、その節目のやや気候バランスの良い移行期間があえていえばなけなしの春と秋だと思ってはいる)